平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #137

「柔のマネジメント」~最先端かつ最強の競争戦略理論

 

私の「一条真也」というペンネームは、梶原一騎原作の名作テレビドラマ「柔道一直線」の主人公・一条直也にちなんだものだ。もともと父が大学時代、柔道の選手で、東京五輪金メダリストの猪熊功選手と対戦するなど、なかなかの実力者だったらしい。大学卒業後、自ら事業を起こしてからも町道場を開いて、子どもたちに柔道を教えていた。私もそこで学び、現在は二段である。
最近では、吉田秀彦ら柔道選手たちの総合格闘技における活躍で、柔道の強さが再認識され、脚光を浴びているようだ。しかし、企業経営においても「柔道」は大きなキーワードとなっている。柔道で勝つには、体重や体力で勝る対戦相手が、大きさゆえに墓穴を掘るような技をかける必要がある。これによって、軽量級の選手でも、身体的にかなわない相手を倒すことができるのである。
ここから、ハーバード・ビジネススクールの国際経営管理部門教授のディビッド・ヨフィーらは、「柔道ストラテジー」なる最先端かつ最強の競争戦略理論を思いついた。
柔道ストラテジーの反対は、体力やパワーを最大限に活用する「相撲ストラテジー」である。この戦法の恩恵にあずかるのは、もちろん大企業だ。しかし、新規参入企業の成功戦略には、必ず柔道の極意が生かされているというのである。
大きな企業を倒すには、つまり柔道で勝つには三つの技を習得しなければならない。
第一の技は「ムーブメント」で、敏捷な動きで相手のバランスを崩すことによってポジションの優位を弱める。第二の技は「バランス」で、自分のバランスをうまく保って、相手の攻撃に対応する。第三の技は「レバレッジ」で、てこの原理を使って能力以上の力を発揮する。
柔道草創期の海外の専門書には、「投げ技をかける前には、ムーブメントを用いなければならない。ムーブメントによって、相手を不安定なポジションに追い込む。そして、レバレッジを用いたり、動きを封じたり、手足や胴体の一部を払って投げ飛ばす」とある。
もともとマネジメントの世界では早くから「柔道」がキーワードとなっていた。ピーター・ドラッカーは、柔道ストラテジーに似た言葉として「起業家柔道」なるコンセプトを提示している。彼は、「起業家柔道の目標は、まず海岸の上陸地点を確保することだ。既成企業がまったく警戒していない場所か、守りが手薄な場所だ。それに成功し、適度な市場シェアと収益源を確保した新参者は、次に『海岸』の残りの部分に侵入し、最後に『島』全体を支配する」と、著書『イノベーションと企業家精神』に書いている。
もともと諸流が入り乱れた柔術を「柔道」として明治時代に統合したのは、講道館の創設者として知られる嘉納治五郎だった。彼が打ち出した「小よく大を制す」というコンセプトは、実は戦略としての普遍性をもつものであった。コンセプトの達人であるドラッカーは、そこを見逃さなかったのである。柔道には、まだまだ多くのビジネス・ヒントがあるように思う。