平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #129

「流のマネジメント」~不朽の文献「水五則」

 

リーダーシップを考えるうえで水に学ぶところは多い。
「水は方円の器に従う」という言葉がある。水は、相手が四角でも円でも、躊躇することなく、自分を相手に合わせていく。これは驚くべき性質であり、しかも、その水の本質は少しも揺らぐことがない。四角になろうが丸くなろうが、あくまで水は水。さらに驚くのは、水は低いほうに流れて行くことだ。上昇指向ではなく、むしろ下方に行こうとする。
いつの時代からか政治家や経営者などの指導者層に親しまれるものに「水五則」という作者不明の不思議な文献がある。王陽明をはじめ中江藤樹、熊沢蕃山、黒田孝高など、そうそうたる人物が書いたのではないかと推測されている。
「水五則」の第一則は、「みずから活動して、他を動かしむるは、水なり」。
太平洋戦争の連合艦隊司令長官・山本五十六の遺した「やってみせ、言ってきかせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」の言葉は、人を動かす秘訣を示した至言であろう。水は高いほうから低いほうへ流れる性を持つゆえ、進路通りに進みやすいように、動きやすいように条件を整備することが必要だ。そして水は後ろから押されて進む。この機能は「ほめる」「励ます」ことに他ならない。
第二則は、「常におのれの進路を求めてやまざるは、水なり」。
他人を指導するということは、実は自分を向上させる縁である。「教えるとは学ぶこと」という真理を知らなければならない。試行錯誤を重ねてジグザグに進み流れる水に学び、「あれは自分の姿だ」と自己を投影させることが大切だ。
第三則は、「障害にあって、激しくその勢力を百倍し得るは、水なり」。
ブッダの人生観は「精進」の二文字に尽きる。彼が自らの死に臨んで遺した言葉が「人々よ、まさに精進するがよい。精進するなら、たとえわずかな水の流れでも流れづめに流れるなら、石に穴を開けるように、事として成らぬことはない」で、水にたとえて精進を薦めている。
第四則は、「みずから潔うして他の汚濁を洗い、清濁あわせいるる量あるは、水なり」。
これは老子の「和光同塵」に通じる。自分の才知を隠して、世間の人や習慣に交わるという意味だ。道教の和光同塵の思想は、神道の神と仏教の仏との神仏同体説である「本地垂迹」説とも結びつく。
そして第五則は、「洋々として大海を満たし、発しては霧となり、雨雪と変じ霰と化す。凍っては玲瓏たる鏡となり、しかも、その性を失わざるは、水なり」である。
このように「水五則」は単なる人生訓ではなく、老子のいう無為自然の道を、水を通じて説く。水、おそるべし。水の流れのごとく自然に生きることができれば、それはもう、一流のリーダーを超越した一流の人間そのものであろう。