平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #048

「任のマネジメント」〜遂行すべき任務を知る

 

人生のあらゆる局面で、あなたが成功するための魔法の言葉を一つ紹介しよう。それは、「すべて私にお任せください」という一言である。飛行機やホテルでキャンセル待ちしているとき、大事なクレジットカードを紛失したとき、そして愛する家族を失ったとき、この一言は人の心に限りない安心感を与える。
「人は城、人は石垣、人は濠」という武田信玄の言葉は、一般には彼の部下愛だと受けとめられている。しかし、その真意は逆だろう。あの言葉は、「俺は甲斐国に大きな城はつくらない。だから、お前たちの一人ひとりが、持場を死守しろ」という、各人への責任押しつけの非情な言葉である。もっとよく考えてみれば、この言葉は権限と責任を自覚した部下が「一人立ちして仕事をすすめていく」ことを奨励している言葉でもある。すなわち、各人の遂行すべき任務を示している。
任務遂行といえば、「二・二六事件」のエピソードを思い出す。昭和11年(1936年)2月26日の早朝に、日本の国家改造と統制派打倒をめざしたクーデターが起こり、当時の多くの重臣が殺害されたり、重傷を負わされたりした。当時、朝日新聞の主筆を務めていた緒方竹虎は自宅にいたが、そのニュースをラジオで聞いて急いで出社する。
当時の朝日新聞の自由主義的な論説が軍部の反感を買っていたので、緒方は同社が反乱軍の襲撃を受けると直感し、会社や社員を守るための出社である。果たして緒方が出社すると、反乱軍の将校から面会を命じられる。
緒方は恐怖に包まれながら、エレベーターのボタンを押した。エレベーターのドアが開いて緒方が乗り込むと、無言で頭を下げ微笑むエレベーター操縦者の菊池滋子の沈着な態度に、緒方はいたく心を打たれた。うら若き女性が、自分が危険のなかに置かれていると知りながら、少しも恐れるところがない。それは彼女が「自分も朝日新聞社の一員である」との信念から、エレベーター操縦という自分の任務を全うするのだという覚悟が、彼女の心身に満ちわたっていたからである。
彼女の無言の目礼と微笑が、緒方に自分の任務と使命を呼びさました。彼の沈着と熱意が反乱軍の指導者にも通じて、同社の受けた被害はきわめて僅かなものだった。事件後、朝日新聞社襲撃の指導将校が拘置所で「朝日新聞はけしからん。しかし、緒方竹虎は立派な人物だ」と賞賛したという。これももとをたどれば、一人の若い女性の自分の任務遂行に徹した責任感に行き着くのである。