平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #023

「名のマネジメント」〜人は自分の名前が最も大切である

 

 

 人間にとって最も目に心地よい映像は自分の姿であり、最も耳に心地よく最も大切な響きを持つものは自分の名前である。
アンドリュー・カーネギーは、アメリカの鉄鋼王として知られるが、本人は製鋼のことなどほとんど知らなかった。鉄鋼王よりもはるかによく鋼鉄のことを知っている数百名の人を使っていたのだ。
では、なぜ彼は成功したか。彼は人の扱い方を知っていたので、富豪になったのである。その墓碑銘に「己より賢明な人物を周辺に集めし男、ここに眠る」と刻まれた彼は、子どもの頃から、人を組織し、統率する才能を示していた。10歳のときにはすでに、人間というものは自分の名前に並々ならぬ関心を持つものだということを発見しており、この発見を利用して他人の協力を得た。まだスコットランドにいた少年時代、ある日、彼はウサギを捕まえた。ところが、そのメスウサギは妊娠していて、間もなくたくさんの子ウサギで小屋が一杯になった。すると、餌が足りない。彼は、近所の子どもたちに、ウサギの餌になる草をたくさん取ってきた者の名を子ウサギにつけるというアイディアを思いついた。この計画は見事に成功した。
後年、この心理を事業に応用して、カーネギーは巨万の富をなした。彼はペンシルヴァニア鉄道にレールを売り込もうとしていたが、当時の鉄道の社長はエドガー・トムソンという人だった。そこで、カーネギーはピッツバーグに巨大な製鉄所を建て、それに「エドガー・トムソン製鋼所」という名をつけた。ペンシルヴァニア鉄道会社がレールをどこから買いつけたかは言うまでもない。
また、カーネギーと宿敵ジョージ・プルマンのは、ユニオン・パシフィック鉄道に寝台車を売り込もうとして、互いに相手の隙を狙い、採算を無視して泥仕合を演じていた。カーネギーはプルマンに両者の合併案を持ちかけた。互いに反目しあうより、提携した方がはるかに得策だと熱心に説いた。彼は新会社の名前をプルマン・パレス車輛会社にすると提案した。プルマンの顔は急に輝き、世界の工業史に残る合併が実現した。
カーネギーは自分の下で働く多数の労働者たちの名前を全部覚えていることを誇りにしていた。そして、彼が陣頭指揮を取っているあいだ、ストライキが一度も起こらなかったと自慢していたのである。日本でも、田中角栄は驚異的な人数の名前を覚えていたというが、成功者の必要条件と言えるだろう。