平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #136

「祝のマネジメント」~誕生日は一緒に祝ってあげよう

 

私は、「祝う」という営み、特に他人の慶事を祝うということが人類にとって非常に重要なものであると考えている。なぜなら、祝いの心とは、他人の「喜び」に共感することだからである。それは、他人の「苦しみ」に対して共感するボランティアと対極に位置するものだが、実は両者とも他人の心に共感するという点では同じである。
「他人の不幸は蜜の味」などと言われる。たしかに、そういった部分が人間の心に潜んでいることは否定できないが、だからといって居直ってそれを露骨に表現しはじめたら、人間として終わりである。社会も成立しなくなる。他人を祝う心とは、最高にポジティブな心の働きであると言えるだろう。
私たちは、人生で数多くの「お祝い」に出会う。三日祝い、お七夜、名づけ祝い、お宮参り、お食いぞめ、初誕生、初節句、七五三祝いなど、子どもの成長にあわせて、数多くのお祝いがある。さらには成人式や長寿祝いもあるし、何といっても結婚式がある。
思うに、人生とは一本の鉄道線路のようなもので、山あり谷あり、そしてその間にはいくつもの駅がある。「ステーション」という英語の語源は「シーズン」に由来する。季節というのは流れる時間に人間がピリオドを打ったものであり、鉄道の線路を時間にたとえれば、まさに駅はさまざまな季節である。そして、儀礼を意味する「セレモニー」の語源も「シーズン」だ。七五三や成人式、長寿祝いといった通過儀礼とは人生の季節、人生の駅なのだ。それも、20歳の成人式や60歳の還暦などは、セントラル・ステーションのような大きな駅と言えるだろう。各種の通過儀礼は特急や急行の停車する駅である。では、各駅停車で停まるような駅とは何か。
誕生日が、それに当たるのではないだろうか。老若男女を問わず、誰にでも毎年訪れる誕生日。この誕生日を祝うことは、その人の存在価値を認めることに他ならない。別に受賞や合格といった晴れがましいことがなくとも祝う誕生日。それは、「人間尊重」そのものの行為だ。当社では、毎月の社内報に全社員の誕生日を掲載して、「おめでとう」の声をかけましょう、と呼びかけている。
世界的ロングセラー『人を動かす』の著者デール・カーネギーは、友人からその誕生日を必ず聞き出したという。相手が答えると、隙をみて相手の名と誕生日をメモし、帰宅後にそれを誕生日帳に記録する。そして、それぞれの誕生日には、カーネギーからの祝電や祝いの手紙が先方に届くわけである。その人の誕生日を覚えていたのは世界中でカーネギーただ一人だったという場合もあり、相手は心から感激したそうだ。
特に、部下の誕生日を祝うことは、ハートフル・リーダーシップの真髄と言えるだろう。