平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #036

「問のマネジメント」〜うまい質問によって人を動かす

 

質問の持つ力は、想像以上に大きい。
アレクサンダーの教師を務めたアリストテレスは、しばしば木陰に座り、生徒に鋭い質問を投げかけた。ときにはその声に嫌悪感や侮蔑の念がにじむこともあり、真っ向から厳しい質問を突きつけることもあった。だが、たいていは思慮に富んで思いやりにあふれ、その声は優しく慈愛に満ちていた。口調の違いは、質問の仕方に関係していた。どの質問も、生徒から特定の反応を引き出すように意図されていたからだ。アレクサンダーはアリストテレスの巧妙な話し方を研究した。質問の仕方や、特定の言葉を伸ばして発音したり強調したりする方法、あるいは尋ねる途中のどこに間を置くかといったことである。
適切な質問を発する能力は、軍事行動におけるアレクサンダーの貴重な武器となった。味方の軍勢はもちろん、征服地の人々から寄せられる情報や知識や意見に頼らなければならないからだ。アレクサンダーは適切な質問をし、そこで得た答をもとにして、答えた人間を信じるべきか疑うべきかを判断した。
アリストテレスは生物学の分類方法を転用して、人の質問を分類する方法を考案し、それぞれの生徒にうまい質問をする能力を身につけさせたのである。うまい質問をするには、質問の内容もさることながら、質問するときの口調や聞き方、質問の順序、どこに間を置き、どの言葉を強く発して質問の効果をあげるかといった勘所も大切なのだ。この方法ははるか後世になってハーヴァード・ビジネススクールに取り入れられた。
徳川幕府の政治は複数の老中が合議して政策を決め、将軍は判断をしないで判を押すのが例だったが、徳川吉宗はそうしなかった。「私が直接執り行なう」と言って、主導権を握った。吉宗は「私は幕府財政の再建に来たのだ」と宣言した通り、執務態度は厳しかった。自身が粗衣粗食を実行する日常生活だけでなく、老中たちが脅威に感じたのは、毎日の会議で吉宗が質問を連発することだった。
「幕府の今年の収入高は?」「いま、江戸城内には櫓がいくつある?そして修理しなければならないのは?」「いま、幕府役人で病気欠勤者は何人いる?そのうち医師の証明のない者の数は?」などという質問がどんどん飛んできた。もちろん無類の勉強家であった吉宗のほうはすべて知っていた。そのため、幕府の役人は勉強せざるをえず、あの享保の改革につながったのである。