平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #130

「生のマネジメント」~「生きがい」という難問を克服する

 

古代ギリシャの哲人ソクラテスは「一番大切なことは、ただ生きることではなくて、よりよく生きることである」と述べ、その弟子である哲学者プラトンも「人は、ただ生きるだけではなく、よりよく生きることを求める」と言った。その「よりよく生きる」ためのエンジンとは、一般に「生きがい」と呼ばれるものだろう。
ある意味でソクラテスやプラトンよりも深く「生きがい」について考え抜いた日本人がいる。名著『生きがいについて』を書いた精神科医の神谷美恵子だ。彼女は瀬戸内海の小島にある、ハンセン病の国立診療所に勤務した際に、180名の男性患者に文章完成テストを試みた。すると、ほとんど半数の患者が「将来に何の希望も目標も持っていない」と記したという。「毎日、時間を無駄に過ごしている」「無意味な生活を有意義に暮らそうと、無駄な努力をしている」「退屈だ」などと書いており、無意味感に悩んでいることがわかった。
しかし少数の患者は、「ここの生活にはかえって生きる味に尊厳さがあり、人間の本質に近づくことができる。将来、人を愛し、己の命を大切にしたい。これは人間の望みだ。目的だ」というふうに書いたという。
何が両者の差を生んでいるのかと言えば、ずばりそれは「生きがい」である。神谷は「人間がいきいきと生きていくためには、生きがいほど必要なものはないし、人間にこの生きがいを与えるほど大きな愛はない」と感じた。彼女は、「生きがい感」というキーワードをあげ、その特徴なるものを次のように6つ紹介している。「生きがい感」とは、
1.人に生きがい感を与えるもの
2.生活を営んでいくための実益とは必ずしも関係はない
3.やりたいからやるという自発性を持っている
4.まったく個性的なものであって、自分そのままの表現である
5.生きがいを持つ人の心に、一つの価値体系を作る性質を持っている
6.人がその中でのびのびと生きていけるような、その人独自の心の世界を作る
この中でも、私は特に5の「一つの価値体系を作る」ということが重要であると思う。
結局、リーダー、それも経営者の最大の仕事とは、部下に「働きがい」を超えた「生きがい」を与えることに尽きる。リーダーシップの本質とは、意義あるビジネスを生み出すこと、さらに言えば、意義ある人生を生み出すことにある。その最大の鍵は、「なぜ、この仕事をするのか」「なぜ、この会社で働くのか」という意味を部下に語り、その価値を部下に与えることが求められる。部下の心に、一つの価値体系を作るのだ。そこから、部下の「生きがい」が生まれる。