平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #069

「小のマネジメント」~小事から大事が生まれることを知る

 

武田信玄は失敗を避けるための心がけについて、次のように言った。「大きなことに心を配るだけではなく、小さなことにまで気をつかって大切に積み重ねていくことが必要だ。ゆえに、戦いにあっては一つひとつの部署の備えをおろそかにせずに固めていく。これが全体の積み重ねとなれば、絶対に負けることはない」
細かいことについて注意を払う習慣が、大きな成功をもたらすというのである。それゆえ、信玄はさらに言う。「事にあたっては、すべて小さいことを、いかに大切に考え積み重ねていくかという心構えが必要だ。いきなり大きなことをやっても、穴だらけで役には立たない。ゆえに、指導者は、日常の行ないを正しくして、善行を積み重ねていかなければならない。そうしなければ、部下はついてこない」このように信玄は、人々の上に立つ者は小事をおろそかにせず、正しいふるまいによって人心を掌握せよと教えたのである。
明治の大実業家にして「日本資本主義の父」とまで呼ばれた渋沢栄一も、小事を重視し、次のように述べた。「小事の方になると、悪くすると熟慮せずに決定してしまうことがある。それがはなはだよろしくない。小事というくらいだから、目前に現れたところだけではきわめて些細なことに見えるので、誰もこれを馬鹿にして念を入れることを忘れるものであるが、この馬鹿にしてかかる小事も、摘んでは大事となることを忘れてはならぬ」
また小事にもその場限りで済むものもあるが、ときとしては小事が大事の端緒となり、一些事と思ったことが後日大問題にまで発展することがある。はじめは些細な事業であると思ったことが、一歩一歩一歩進んで大弊害にもなれば、このために、一身一家の幸福となることもある。これらはすべて小が蓄積されて大となったのだ。
人の親切や我儘も小が積んで次第に大となる。ということは小事は必ずしも小でないと渋沢は悟る。世の中に大事とか小事とかいうものはないのが道理なのだ。大事小事の別をとやかく言うのは君子の道ではないとして、およそ事にあたっては大小とも同じ態度、同じ思慮で処理するようにしたいものだと言う。
戦国時代に誰よりも大きな野心を抱いていた信玄、明治時代に誰よりも大きな事業を興した渋沢、このスケールの大きな二人が何よりも小事を大切にしていた事実には、人間の基本というものを考えさせられる。