平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #013

「理のマネジメント」〜天地自然の理を知り、経営理念を持つ

 

日本の企業は「基本理念」が苦手であると言われる。そんな場当たり的で対処型の業務運営に陥りがちな多くの日本企業に大きな示唆を与えた本こそ、ジェームズ・C・コリンズとジェリー・I・ポラスという二人のスタンフォード大学教授によって書かれた『ビジョナリー・カンパニー』である。
ビジョナリー・カンパニーとは何か。文字通りにビジョンを持っている企業であり、業界で卓越した企業、同業他社のあいだで広く尊敬を集め、大きなインパクトを世界に与え続けてきた企業のことだ。重要な点は、ビジョナリー・カンパニーが組織であること。個人としてのリーダーはいかにカリスマ性があっても、いかに優れたビジョンを持っていても、いつかはこの世を去る。しかし、ビジョナリー・カンパニーは、個人の活躍できる時間を超え、ずっと繁栄し続ける企業のことだ。
この本は机上の空論の展開では決してない。GE,HP、IBM、3M、アメリカン・エクスプレス、ウォルマート、ディズニーなど、時代を超えて際立った存在であり続ける18社を選びだし、設立以来現在に至る歴史全体を徹底的に調査し、ライバル企業と比較検討して、永続の源泉が「基本理念」にあると説くのである。基本理念とは、戦略とは違い、たとえ一時的な不利益を招いても、企業が守り続けていくものである。この基本理念を持っている企業こそが、利益だけを追求している企業よりも結果的に収益率が高く、永続的な繁栄を続けていくことができると分析する。
基本理念の「理」とは何か。一口に理、ことわりと言うと、まず思い浮かぶのは「論理」であろう。この論理という語に対して、古来より「情理」という語がある。単なる知識の理ではなくて、情というものを含んだ理だ。「パスカルの原理」で知られるフランスの哲学者パスカルは、頭の論理に対して胸の情理を力説したが、「感情というものは心の論理である」との名言を残している。
論理より情理に入って、さらに私たちの人生の理というべきものに「実理」「真理」「道理」などがある。安岡正篤は、物識りよりも物分りが大事であると述べた。物識りというのは、単なる論理やいろんなことを知っているだけだ。情理や実理、真理、道理など本当の理を解することを物分りという。
そして、究極の理として「天理」がある。天理とは、天地自然の理である。「天」は大いなる造化、万物を創造し、万物を化育してゆく。その名も天理教の本部を視察したことがきっかけになって天理を悟ったという松下幸之助は、「無理をしないということは、理に反しないということ、言いかえると、理に従うことです」と語った。春になれば花が咲き、秋になれば葉が散る。草も木も、芽を出すときには芽を出し、実のなるときには実を結び、枯れるべきときには枯れていく。まさに自然の理に従った態度である。そして松下は、「人間も自然の中で生きている限り、天地自然の理に従った生き方、行動をとらなければなりません。といっても、それは、別にむずかしいことではない。言いかえると、雨が降れば傘をさすということです」と語り、事業経営に発展の秘訣があるとすれば、やはりこの天地自然の理に従うことであるとする。雨が降れば傘をさすごとくに、平凡なことを当たり前にやるということにつきるという。
松下は言う。事業というものは天地自然の理に従って行なえば、必ず成功する。いいものをつくって、適正な値段で売り、売った代金はきちんと回収する。簡単に言えば、それが天地自然の理にかなった事業経営の姿である。そしてその通りにやれば、100%成功するものだ。成功しないとすれば、それは品物が悪いか、値段が高いか、集金をおろそかにしているか、必ずどこかに天地自然の理に版下姿があるからである。孫子は「彼を知り己を知らば、100戦してあやうからず」と言っているが、それが天地自然の理にかなった戦の仕方だからである。
そして、松下幸之助は「経営理念」を何よりも重んじた。部下でもと松下電送社長の木野親之氏に対して、「経営には非常に勘が重要だが、勘だけではだめだ。また、データやコンピュータだけでもだめだ。資料をいくら重ね、そんなものを分析しても限界がある。経営に成功するには原則がある。それを心得ないと絶対に成功しない。原則は三つあって、その三つを満たすことが決定的な条件だ」と言ったそうである。
第一は、絶対条件ともいえる経営理念や志が備えられていなかったらだめだ。第二は、その上に必要条件として、一人ひとりの豊かな個性を最大限に生かしきれる環境を企業として整備することだ。そしてその一人ひとりの内にある創造性を最大限引き出すことに成功することだ。第三は、あとは付帯条件としての戦略・戦術というものの駆使だという。
さらに松下幸之助によれば、それまでの自分の経験から、第一の経営理念が確立できれば、まず50点で半分成功がおぼつくという。そして第二の会社や組織を構成する一人ひとりの個性、発想というものを最大限に生かすことができれば、これはしめたもので80点。80%成功しているなら、あとの戦略・戦術で20点とれば満点だ。しかし、戦略・戦術だけで成功しようとすることは、20点の配点しかないのに100点取ろうとするようなもので、当然うまくはいかないのである。