平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #006

「信のマネジメント」〜人の真の価値は信念によって決まる

 

 「信用第一」とよく言われるが、たしかに人間社会で「信用」ほど大切なものはない。 『論語』の「為政」篇には、「人として信無くんば、其の可なるを知らざるなり」という言葉が出てくる。「信用は人と人が相交わる上で必ず必要な徳である」という意味だ。
リーダーシップにおいても「信用」は重要である。リーダーは、何より部下から信用されなければならない。『論語』の「子張」篇には、「君子は信ぜられて而る後に其の民を労す」という言葉がある。「君子はまず十分に信用されてから民を使う」という意味である。信用されていさえすれば、民は喜んで働いてくれるが、信用が得られていないうちに使うと、民は自分たちを苦しめようとしていると思って怨みを抱くというのである。現代の組織にも通じる話だ。
「信用」は「信頼」につながる。上司と部下には、当然ながら「信頼」が求められる。信頼なくして従う者はいない。では、信頼とは何だろうか。ドラッカーは、『仕事の哲学』(ダイヤモンド社)の中で次のように述べている。
「信頼するということは、リーダーを好きになることではない。つねに同意できることでもない。リーダーの言うことが真意であると確信をもてることである。それは、真摯さという誠に古くさいものに対する確信である。」(上田淳生訳)
ドラッカーは「強みを生かせ」と説いた。ならば、上司は部下の「強み」を生かさなければならない。ある意味、それがマネジメントということである。
しかし、部下もまた上司をマネジメントするのである。そして、その方法も、上司の「強み」を生かすことなのだ。ドラッカーは述べる。
「上司をマネジメントするということは、上司と信頼関係を築くことである。そのためには、上司の側が、部下が自分の強みに合わせて仕事をし、弱みや限界に対して防御策を講じてくれるという信頼をもてなければならない。」(同)
お互いに「強み」を生かしあうことからくる信頼関係も、「真摯さ」を前提とする。
孔子もドラッカーも、ともに「信」こそリーダーシップの核心であると見抜いていた。
そして、「信用」や「信頼」と同じく、人間には「信念」というものが非常に重要である。
人間その気になると、できないことはない。できないのは自分を信じないからだ。
Believe in yourself ―自信を持て。それが信念だ。
これは生涯数え切れないほどの多くの講演で「信」の重要性を説き続けた異色の哲学者・中村天風の言葉である。天風と並んで現代日本の経営者が師と仰ぐ陽明学者・安岡正篤も「自分は何か信念・信仰・哲学というようなものを持っておるかどうか。これは一番人間としての根本問題であります」と語っているが、とにかく信念について語りに語ったのが天風であった。
古今東西、人生を説く者はみな、信念の重要性を力説している。すでに紀元前十世紀にはヘブライのソロモンが「人の本当の値打ちというものは、宝石でもなければ、黄金でもない。いわんや地位でもなければ名誉でもない。ただ、信念の二文字である」と言っている。
孔子は「信は万事のもと」と、釈迦は「信ぜざれば救う能わず、縁なき衆生は度し難し」と、キリストは「まず、信ぜよ」と言っている。ムハンマドは「疑って、迷って、真理から遠ざかる者よりも、信じて欺かるる者、汝は幸いなり」と言った。しかしこれは逆説的な言葉である。信じる者は欺かれないから、本当に信じる気持ちを持っている者は、ものの本当か嘘かはパッとわかるものである。本当のもの以外は信じないからだ。
それを現代人は疑いだらけだから、信じなくてはならないことを信じられないで、なんでも頭から疑ってしまうというやり方なのである。まず疑いから考えようとする。そうすることが、正しい考え方のように思っている人が多い。
なぜ、疑いがいけないのか。それは疑い出したら、何事も安心ができないからである。
よく考えてみよう。私たちが、こうやって生きているのも、多少なりとも信念があるから生きていられるのである。例えば、夜眠るのだって、疑ったら眠れない。「今夜眠っている間に、死んでしまいはしないか」と思ったら、うかうか眠ることはできない。不眠症にかかる人間はみな、「ちょっと眠っている間に、死んだらどうしよう」という心持ちを持っているのだ。
疑いが高じたら、産んだ親まで疑いはしないか。生まれるときにだれも、産んだ親の顔を見てこない。ただ自分の観念のなかで「この人は私の親だ」と思うから、親と考えているだけだ。それが信念である。
ゲーテも「凡人というものは、何事も信念なく諸事に応接するために、自然に不可解な苦しみに悩んで、不安な生涯を送ることになる」と言っている。確固たる信念を持てば、運命を開く積極的な精神につながるのである。
天風はよく「豊臣秀吉やナポレオンを見ろ」と聴衆に呼びかけた。二人とも階級制度に縛られていた時代に、一番低い身分の出身で、あれだけの大事業をやってのけた。あの時代において誰にも不可能なことをやってのけたのは、二人とも信念を持ち、どんなことにもくじけない積極的な精神を持っていたからだ。ナポレオンのあまりにも有名な「余の辞書に不可能という文字はない」という言葉は信念の勝利宣言に他ならない。
私たちも、自分を信じ、自分の仕事を信じ、さらには人間を信じて生きたいものだ。
マネジメントとは、まさに人間の可能性を信じる営みなのである。