平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #079

「火のマネジメント」~心に火をつければ、熱意となる

 

火といえば、アレクサンダーのエピソードが思い浮かぶ。彼はアフガニスタン入りの前に荷車に火をつけ、焼いたのである。彼は必需品を除き、荷物を荷車に載せるよう兵士たちに命じた。余分な荷物が満載されて一ヵ所に集められると、ラバと馬を放すように命じた。そして、松明に火を灯し、アレクサンダー自身の荷物を載せた荷車に火をつけた。そして残りの荷車にも火をつけるように命じた。
マケドニア兵は余分な荷物と、遠征中に集めた戦利品のすべてが煙となって立ちのぼるのを眺めた。なすすべもなく、反対の声も上がらなかった。駆け寄って荷物を救おうとする者もいなかった。彼らはただ燃えさしと炎を見つめるばかりだった。失望はしたが、何年間も遠征を続けてきた彼らは、よく知られた自制心と規律を失うことはなかった。彼らはむしろ荷が軽くなったことを喜び、とりわけ数週間後にはそのことを感謝することになる。アレクサンダーの示した模範に倣った将軍は多い。ナポレオンもその一人で、モスクワから不運にも撤退したとき、これと同じことを実行している。
アレクサンダーの行なったことは「必要でないものは携行しない」ということに焦点が当てられ、現在ではロジスティクスの問題とされているが、私はそうは思わない。これは完全に心の問題である。アレクサンダーは荷車に火をつけ荷物を燃やすことによって、兵士の心に火をつけ情熱の炎を燃やしたのである。これまで故郷マケドニアに帰ることばかり考えていた兵士たちは、その後、遠征に対する覚悟を決め、世界帝国建設というアレクサンダーの夢を共にしたのだ。
人間は、その心中に火種を持っている。百丈懐海(えかい)が部屋にいるとき、弟子がやってきた。百丈和尚が火箸で火鉢のなかをかきまわしているのを見て、弟子が言った。「和尚、何をしておられます」「寒いので、火種を捜している」「私が捜してさしあげましょう」。弟子は、和尚から火箸を受け取ると、火鉢のなかをかきまわした。しかし火種は見つからない。そこで「和尚、火種はありません」と言った。すると百丈和尚が弟子の胸ぐらをつかんで「これが火種ではないのか」と言った。そこで、弟子はハッと悟りを得たのだった。
昭和を代表する名経営者の土光敏夫はこう言った。「私たちのまわりには、ごく僅かだが、火種のような人がいる。その人の側にいると、火花がふりかかり、熱気が伝わってくる。実は職場や仕事をグイグイ引っ張っているのはそんな人だ」
そして、火種は勢いを強めて熱意となる。
熱意、エンスージアムという言葉は「神への信仰」というギリシャ語に語源を持つが、イエスはできうるかぎり、この熱意を例証した。
イギリスの歴史家トインビーは「無気力を克服できるのは熱意のみである」と語り、アメリカの思想家エマーソンは「偉大なことで熱意の力なしで成し遂げられたものは一つもない」と言っている。
熱意とは、明りをともす火力発電機のようなもので、人間を動かし、偉大な業績へと導くものだ。眠っているエネルギー、才能、活力を揺り起こし、目標に向かって突進させる力であり、内から溢れ出る力である。人生で熱意を動力源として使う秘訣、それはまず熱意のあるように行動することである。熱意を習慣化してしまうのである。
熱意のある人間は、驀進する蒸気機関車だ。あのエネルギーを出すためには、車庫で休んでいるときでも、釜が冷えないようにせっせと石炭を燃やし続けなければならない。エドワード・B・バトラーは「誰でも、ときには熱心になるものである。ある人は熱意を持つのがたった30分間であり、ある人は30日間である。しかし、人生で成功するのは30年間の熱意を持ち続ける人間である」と指摘した。
30年間といわず、もっと長期間にわたって熱意を持ち続け、大成功した人が松下幸之助である。彼は、成功の第一条件に「熱意」をあげることが多かった。熱意などという平凡な条件こそが、成功するための第一歩であり、同時に最も大切なものであると考えていたのである。長く松下幸之助の側近を務めたPHP研究所社長の江口克彦氏によれば、松下はよく次のように言っていたという。
「仕事をする、経営をするときに、何が一番大事かと言えば、其の仕事を進める人、その経営者の、熱意やね。溢れるような情熱、熱意。そういうものをまずその人が持っておるかどうかということや。熱意があれば知恵が生まれてくる」
例えば、何としてでもこの二階に上がりたいという熱意があれば、ハシゴというものを考えつく。ところが、ただ何となく上がってみたいなあと思うぐらいでは、ハシゴを考え出すところまで行かない。「どうしても、何としてでも上がりたい。自分の唯一の目的は二階に上がることだ」というくらいの熱意のある人間が、ハシゴを考えつくのである。
松下幸之助が成功した理由は、決して一つに帰することができるものではない。しかし、もしあえて一つだけ挙げよと言われたら、江口氏は「熱意」であると断言できるという。
松下の振る舞いは、いつも熱意というものを頂点として、それを素直な心と誠実さが下支えしていたそうだ。これは、成功へのトライアングルにほかならない。