平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #124

「継のマネジメント」~毛沢東も紹介した逸話「愚公、山を移す」

 

「継続は力なり」と予備校の教室によく貼ってあるが、別にこれは受験勉強だけの話ではない。何事も、あきらめてはいけない。
そして、世代を超えた継続が重要である。
私が好きなエピソードに「愚公、山を移す」という中国の寓話がある。もともとは『列子』に由来するけれども、毛沢東が『毛主席語録』の中で紹介しており、私はこちらを読んで知った。
昔、華北に住んでいた北山の愚公という老人の物語である。彼の家の南側には、その家に出入りする道をふさぐ太行山と王屋山という二つの大きな山があった。愚公は、息子たちを引き連れ、鍬でこの二つの大きな山を掘り崩そうと決心した。利口者の老人がこれを見て笑い出し、こういった。「お前さんたち、そんなことをするなんて、あまりも馬鹿げているじゃないか、お前さんたち親子数人で、こんな大きな山を二つも掘ってしまうことはとてもできやしないよ」と。愚公はこう答えた。「私が死んでも息子がいるし、息子が死んでも孫がいる。このように子々孫々つきはてることがない。この二つの山は高いとはいえ、これ以上高くなりはしない。掘れば掘っただけ小さくなるのだから、どうして掘り崩せないことがあろうか」と。
愚公は知恵者の誤った考えを反駁し、少しも動揺しないで、毎日、山を掘り続けた。天からこの様子を見て感動した上帝は、二人の神を下界に送って、二つの山を背負い去らせたという。
私がこの寓話を読んだ頃、私は東京から北九州市へ居を移したばかりだった。父が経営する会社が深刻な危機に陥った。当時の私はプランナーとして活動しており、著書も定期的に書き、将来の展望も見えはじめた時期だった。かなり悩んだが、長男としての務めとわりきって覚悟を決め、北九州市に本社を置く父の会社に帰った。
そのとき、拡大しすぎた事業内容と、年商を超えるほどの膨大な借金という二つの山が瀕死の会社にのしかかっていた。正直、私は途方に暮れたが、「愚公、山を移す」を心の支えとして、とにかく父と私の二人の全生涯を合わせて何とかしようと決心した。
広げすぎた事業はドラッカーに学んだ「選択と集中」でシェア1位の営業エリアのみに絞り、不採算事業からも次々に撤退した。借金も、とにかく返しまくり、今ではほとんど完済した。世間では、リクルートや佐川急便などが多額の借金を返済した企業として知られているが、その売上高や借入金の額は違えど、難易度からいえばその2社に劣らないものだったと自負している。当初、絶対に返せないと絶望したこともあった。しかし、現実には返せた。
あきらめてはいけない。二つの山は必ず掘り崩せると信じて、掘り続けていった。そのうち、愚公のように天の神様が助けの手を差し伸ばしてくれたとしか私には思えない。
「愚公、山を移す」という寓話は、私にとって心の宝物である。