平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #016

「美のマネジメント」〜経営は立体的な総合芸術である

 

 中村天風は、「美」とは調和であると言った。どんなに名人が描いた絵でも、彼が感心しないときは、調和がとれていない絵である。逆にどんな下手な人が描いた絵でも、調和がとれているものであったならば、これは本当の美術であるという。
自然界は調和のとれた世界である。自然と接すると感動するのはそのせいだろうが、さらに私は自然に接すると懐かしい気持ちになってしまう。なぜだろうか。
自然界は、ある力に満ちている。ソロモンの栄華よりも偉大な、百合の花を咲かせる力である。それはつまり、私たちが言葉を発し、叫び、泣き、笑い、感動するエネルギーの根源でもある。美しい花を見て、「ああ、きれいだなあ」と感じるとき、私たちの原感情はおそらく「かなしい」のではないだろうか。あまりにきれいなものや美しい光景に接すると、私たちは感動のあまり泣けてくる。涙が出てくるというのは、基本的には「かなしい」のだ。「かなしい」というのは「愛しい」と同じである。あまりに愛すると、かなしくなる。つまり切なくなるのである。そして、この「かなしい」は「なつかしい」でもある。
かなしい、愛しい、切ない、なつかしい。これらの原感情は、私たち人間にとって原初の情動である。私は、人間がこの世に生まれる前にいたハートピア・ゼア、つまり、あの世の理想郷である天国の記憶が瞬間的によみがえったとき、人間の原感情が発動するのだと思っている。そして、これらの原感情が意識化されたものが「美意識」なのである。
天国が自然界よりもさらに調和のとれた世界であると言ってもよい。
安岡正篤は、こう述べた。何億年か何十億年か経って、ようやく造化は心というものを発展させてきた。人間はその造化が開いた心を主体とする存在である。だから肉体がいくら立派になっても、それは動物並である。肉体と共に心が磨かれ発達して、初めて人間となる。芸術もその人間の心ができていないと、真の美とは言えないという。
松下幸之助は、経営者というものは広い意味で芸術家であると述べた。経営そのものが一種の芸術である、と。画家が一枚の白紙に絵を描き、平面的に価値を創造するごとく、経営者は立体というか、四方八方に広がる広い芸術をめざしている。だから経営とは、総合的な生きた芸術であるというのである。
価値の創造とは、美の表現ととらえることもできる。経営者はつねにそういう視点からマネジメントを考えなければならない。