平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #100

「新のマネジメント」~つねに自己革新を心がけて実践する

 

今から2500年前にブッダは「諸行無常」を説き、時を同じくしてギリシャの哲学者ヘラクレイトスは「万物はすべて流転する。太陽ですらも、今日の太陽はもはや昨日の太陽ではない」と喝破している。さらに時代を遡れば、中国古代の殷王朝を開いた湯王(とうおう)は孔子も賛美した名君だが、彼が沐浴に使った器には「苟(まこと)に日に新たにして、日日に新た、又日に新たなり」という言葉が彫ってあったという。「日に新た」ということを心がけ実践していくことが大切で、本当にそれを行なえば次々と自分が新しくなっていくという意味である。
経済学者のシュムペーターや経営学者のドラッカーが強く提唱するイノベーションは、最初に「技術革新」と訳され、それが定着してしまったために、技術と結びつけられがちである。しかし、意味するところはもっと広く、新しい思考や問題意識に総合的に関わっているのだ。そしてドラッカーは、社会的イノベーションの最大の成功例として日本の明治維新を挙げている。
明治維新の「維新」は、中国の古典で五経のひとつ『詩経』に出てくる「天命維(こ)れ新たなり」から取った言葉である。「維れ」というのは「大変に」という意味で、後の「新たなり」を強調した修飾語だ。よって維新とは、世の中が思い切り変わって新しくなった、つまり大革新したということである。まさにその通り、日本史上で一大転換期を画する明治維新は、政治、経済、文化、あるいは生活に未曾有の変革をもたらし、近世から近代へのエポックメーキングとなった。
維新は革命とは違う。安岡正篤は東洋政治哲学に照らして、維新は順命であり、革命は非常の命であるとした。また、維新の訳語はevolution、革命はrevolutionであり、維新のほうがより自然であり、より道徳的であるという。
安岡は言う。道徳は常に自己を新しくすることであり、そこで民を新たにするに在り、と「新」の字にすることにも意味があるが、何によって自ら新たにし、世を新たにすることができるのかという根本を考えると、「親」という字が妥当であるという。親しむことができて、はじめて新しくすることができる。だから、親はもちろん、その代々の先祖から伝わっている大事な自分というものにもっと親しむ、もっと自分を大切にする。本当の自分になってはじめて、これではいけない、何とかしなければということになって、自己を新しくすることができるというのだ。