平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #091

「楽のマネジメント」~音楽が人の心をひとつにする

 

私の最大の趣味は、ウクレレを弾きながら歌うことである。プライベートではもちろん、結婚式に呼ばれたときも、加山雄三の名曲やサザンオールスターズのナンバーをウクレレとともに歌う。社員の送別会では尾崎紀世彦の「また逢う日まで」を、社員旅行ではボンボン・ブランコの「手の平に太陽を」を。
そして大規模な会社の懇親会では錦野旦の「空に太陽がある限り」をウクレレ付きで熱唱し、最後に「空に太陽、地上にサンレー。陽はまた昇る!」と絶叫するのがお決まりのパターンだ。
特に新年祝賀式典とか創立記念式典とかで硬めの社長訓示をした後、懇親会でウクレレを演奏すると効果大で、社員はとても喜んでくれる。私は別に目立ちたがり屋ではないし、受けを狙ってやっているのでもない。「礼楽」ということを意識してやっているのだ。
「礼」を唱えた孔子はまた、度はずれた音楽好きでもあった。『論語』には、「子、斉に在りて韶(しょう)を聞く。三月、肉の味を知らず。曰く、図らざりき、楽をなすことのここに至らんとは」とある。孔子は斉国にいるとき、聖天子とされた舜の音楽を聞いた。感動のあまり長い間、肉の味がわからなかった。そして言った。「思いもよらなかった。音楽にここまで熱中してしまうとは」と。
その「楽」を、孔子は「礼」と組み合わせた。「楽は内に動くものなり、礼は外に動くものなり」音楽は、人の心に作用するものだから内に動く。礼は、人の行動に節度を与えるものだから外に動く。
「礼は民心を節し、楽は民生を和す」礼は、人民の心に節度を与えて区切りをつけるものであり、音楽は、喜怒哀楽の情をやわらげて人民の声を調和していくものである。
「仁は楽に近く、義は礼に近し」仁の性格は音楽に近く、義の性格は礼に近い。つまり、仁は情を主とし、音楽は、和を主とするからである。また、義は裁判を主とし、礼は節度を主とするからである。それゆえ、礼楽は教育のもとであると同時に、仁義に通じる人の道の根本である。
そして「楽は同を統べ、礼は異を弁(わか)つ」音楽は、人々を和同させ統一させる性質を持ち、礼は、人々の間のけじめと区別を明らかにする。つまり、師弟の別、親子の別というように礼がいたるところで区別をつけるのに対して、音楽には身分、年齢、時空を超えて人をひとつにする力があるのだ。
ウクレレの調べが、社長である私と社員の心をひとつに結びつけてくれるのである。