平成心学塾 経営篇 人は、かならず「心」で動く #001

開講にあたって

「平成心学のために」

 

「マネジメント」という考え方は、世界最高の経営学者ピーター・ドラッカーが発明したものとされている。マネジメントの発明者としてのドラッカーは、経済学者ヨゼフ・シュムペーターの流れを受けて、「イノベーション」の重要性を説いたほか、「分権化」「目標管理」「経営戦略」「民営化」「顧客第一」「情報化」「知識労働者」「ABC会計」「ベンチマーキング」「コア・コンピタンス」などのコンセプトを次々に世に送り出した。かのカリスマ経営者ジャック・ウェルチがGE(ゼネラル・エレクトロニック)のCEOに就任したとき、真っ先にドラッカーに会いに行ったエピソードからもわかるように、世界中の経営者にもっとも大きな影響力を持つ「経営通」である。
では、彼が発明したマネジメントとは何か。
まず、マネジメントとは、人に関わるものである。その機能は、人が共同して成果をあげることを可能とし、強みを発揮させ、弱みを無意味なものにすることである。これが組織の目的である。
また、マネジメントとは、ニーズと機会の変化に応じて、組織とそこに働く者を成長させるべきものである。組織はすべて学習と教育の機関である。あらゆる階層において、自己啓発と訓練と啓発の仕組みを確立しなければならない。
このように、マネジメントとは一般に誤解されているような単なる管理手法などではなく、徹底的に人間に関わってゆく人間臭い営みなのである。にもかかわらず、わが国のビジネス・シーンには、ナレッジ・マネジメントからデータ・マネジメント、はてはミッション・マネジメントまで、ありとあらゆるマネジメント手法がこれまで百花繚乱のごとく登場してきた。その多くは、ハーヴァード・ビジネス・スクールに代表されるアメリカ発のグローバルな手法である。
もちろん、そういった手法には一定の効果はあるのだが、日本の組織では、いわゆるハーヴァード・システムやシステム・アナリシス式の人間管理は、なかなか根付かないのもまた事実である。情緒的部分が多分に残っているために、露骨に「おまえを管理しているぞ」ということを技術化されれば、される方には大きな抵抗があるのである。
日本では、まだまだ「人生意気に感ずるビジネスマン」が多い。仕事と同時に「あの人の下で仕事をしてみたい」と思うビジネスマンが多く存在するのだ。そして、そう思わせるのは、やはり経営者や上司の人徳であり、人望であり、人間的魅力である。会社にしろ、学校にしろ、病院にしろ、NPOにしろ、すべての組織とは、結局、人間の集まりに他ならない。人を動かすことが、経営の本質なのだ。つまり、「経営通」になるためには、大いなる「人間通」にならなければならない。
今から約2500年前、中国に人類史上最大の人間通が生まれた。言わずと知れた孔子である。ドラッカーが数多くの経営コンセプトを生んだように、孔子は「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」といった人間の心にまつわるコンセプト群の偉大な編集者であった。彼の言行録である『論語』は東洋における最大のロングセラーとして多くの人々に愛読された。特に、西洋最大のロングセラー『聖書』を欧米のリーダーたちが心の支えとしてきたように、日本をはじめとする東アジア諸国の指導者たちは『論語』を座右の書として繰り返し読み、現実上のさまざまな問題に対処してきたのだ。
私は、2001年10月に冠婚葬祭会社の社長に就任したが、ドラッカーの全著作を精読し、ドラッカー理論を忠実に守って会社を経営していると自負している。彼の最新作にして最高傑作である『ネクスト・ソサエティ』に感動し、これをドラッカーからの私に対する問題提起ととらえ、『ハートフル・ソサエティ』というアンサー・ブックを上梓したくらい彼をリスペクトしている。
また、私は40歳になるにあたって「不惑」たらんとし、その出典である『論語』を40回読んだ経験を持つ。古今東西の人物のなかでもっとも尊敬する孔子が開いた儒教の精神を重んじ、「礼経一致」の精神で社長業を営んでいる。当社は冠婚葬祭業であるが、一般には典型的な労働集約型産業と思われている。これを知識集約型産業とし、さらに「思いやり」「感謝」「感動」「癒し」といったものが集約された精神集約型産業にまで高めたいと願っている。
ドラッカーを最高の経営通、孔子を最大の人間通としてとらえる私は、両者の思想に巨大な共通点を発見した。詳しいことは本書の「孝のマネジメント」に書いたので、そちらをお読みいただきたいが、この発見をもとにして、経営の源である人間の心を動かす法則集のようなものを書いてみたいと思い至った。その結果が、本書である。古今東西の経営の智慧を渉猟し、人の心を動かす究極のツボを「仁」「徳」「愛」など、キーワード別のエッセイ・テイストでまとめてみた。そこにはアレクサンダーもカエサルも、信長・秀吉・家康も、西郷や竜馬も登場する。実践的な体験談というより、あくまで私が一人前の経営者になるべく学んだ備忘録のようなものだ。
かつて、孔子の思想的子孫と言うべき明の王陽明は「心学」を開き、日本の石田梅岩は「石門心学」を唱えた。本書が、まったく新しい「平成心学」としての心のマネジメントを用意する草莽の一助になれば、これに勝る喜びはない。