筆
「筆のマネジメント」~直筆の手紙には、品性と言霊宿る
毎年正月になると、私の机の上には年賀状の束が置かれる。最近は、新年の挨拶もメールで済ませる人が多くなってきたが、やはり年賀状は良いものだ。文面を印刷してあるものがほとんどだが、ちょっとした一言を直筆で書いてあると、かなり嬉しい。すべてが直筆の年賀状などもらうと、とても嬉しい。感激する。心が動く。直筆の文字には、言霊が宿るのだ。
年賀状でなくとも、ときどき直筆の手紙を下さる方がいる。私の大学の恩師である経営評論家の孫田良平先生やエッセイストの滝悦子さんなどに新刊の著書をお送りすると、いつもていねいに感想を綴った礼状を頂戴し、恐縮する。知りあいの出版社の社長からは長文のお便りを何度もいただき、その度に励まされる。
また、私が経営する会社が創立40周年を迎えた記念に俳句コンクールというものを開催し、授賞式をさせていただいたところ、そのすべての受賞者の方々から見事な達筆の礼状をいただいた。中には受賞の喜びを俳句に詠んだ方までおられ、たいへん感動した。私もできうるかぎり手紙はまめに、しかも直筆で書くよう心がけている。世に成功者とされている方々の中には、直筆で手紙を書くことはもちろん、ことあるごとに手紙を書く、つまり筆まめな人が多いように思う。
筆まめといえば、坂本龍馬が有名である。
姉の乙女に宛てた12通をはじめ、現存する手紙の数は128通。交流の深かった中岡慎太郎や西郷隆盛にもかなりの手紙を出していると言われているが、それらはすべて消滅して残っていない。それらを含めると、おそらく300通は下らないという歴史学者もいる。
この大量の手紙に目をつけて、龍馬をフリーメーソンの諜報部員ではなかったかと推理したのが作家の加治将一氏である。その理由は郵便料金にある。
龍馬の手紙は飛脚が運んだ。飛脚料は江戸─大坂間で、配達日数の違いもあり、七両から銀三分。現在の貨幣価値に直すのは困難だが、当時の米価や手間賃から推測すると、龍馬の飛脚料はだいたい1300万円になる。これは最低の概算であり、失われた手紙の量を考えると、2000万円は超えていたと思われる。これは、当時の龍馬のような下級武士にはまったく不相応な金額である。ここから加治氏は、龍馬がトーマス・グラバーの仲介でフリーメーソンに入会し、英国の諜報部員となったという大胆な仮説を立てるのである。多すぎる手紙には諜報の暗号文が記されていたというのだ。
加治氏の説はロマンがあり、ありえない話ではないと思う。しかし、そんなスパイ説が出るのも、龍馬が大量の手紙を書いたという事実があるからだ。幕末維新の志士たち、郷里の家族、そして愛する女たち、龍馬は多くの人々の心を手紙でつなぎとめたのである。