マンスリーメッセージ サンレーグループ社員へのメッセージ 『Ray!』掲載 2026.05

佐山聡氏との対談で思い出す 「修生」と「天下布礼」の背景

●初代タイガーマスクとの対談
 3月には、人間国宝の14代 今泉今右衛門氏と対談させていただきました。
 4月は14代ではなく、初代の方と対談しました。プロレス界のレジェンドである初代タイガーマスクの佐山聡氏です。
 4月14日、東京で対談させていただきました。昨年6月5日には前田日明氏と対談しましたが、日本の総合格闘技(MMA)の礎を築いた両雄と大いに語りあえて、プロレスと格闘技をこよなく愛するわたしは感無量でした。
 佐山聡氏は、1957年11月27日生まれのプロレスラー、格闘家です。総合格闘技の元祖とされる競技・シューティング(のちの修斗)の創始者でもあります。
 山口県下関市長府出身。1976年に新日本プロレスでプロレスラーとしてデビュー。若手時代はメキシコ、イギリスで活躍。イギリスではサミー・リーをリングネームに。1981年にタイガーマスク(初代)に扮し、空中技を駆使したファイトスタイルで国民的な人気を集め、一大プロレスブームを巻き起こしました。

●「修生」とは何か
 今回の佐山氏との対談の中で、わたしが特に訴えたのは「修生」です。これは「月刊 終活」での対談ですが、気になることがあります。それは、「終活」という言葉に違和感を抱いている方が多いことです。特に「終」の字が気に入らないという方に何人も会いました。もともと「終活」という言葉は就職活動を意味する「就活」をもじったもので、「終末活動」の略語だとされています。ならば、わたしも「終末」という言葉には違和感を覚えてしまいます。死は終わりなどではなく、「命には続きがある」と信じているからです。そこで、わたしは「終末」の代わりに「修生」、「終活」の代わりに「修活」という言葉を提案しました。
 「修生」とは文字通り、「人生を修める」という意味です。よく考えれば、「就活」も「婚活」も広い意味での「修活」ではないでしょうか。学生時代の自分を修めることが就活であり、独身時代の自分を修めることが婚活です。そして、人生の集大成としての「修生活動」があります。

●「修斗」から「修生」が生まれた?
 老い支度、死に支度をして自らの人生を修める。この覚悟が人生をアートのように美しくするのではないでしょうか。冠婚葬祭互助会の会員様の多くは高齢者の方々です。ならば、互助会とは巨大な「修活クラブ」であると言えるかもしれません。多くの会員様が穏やかな「死ぬ覚悟」を持ち、人生を修められるお手伝いをしたいものです。そのような話をさせていただいたところ、佐山聡氏はニッコリと笑って頷いてくれました。憧れの佐山氏に「修生」や「修活」という考えを認めていただき、感無量でした。
 かつての日本は、たしかに美しい国でした。しかし、いまの日本人は「礼節」という美徳を置き去りにし、人間の尊厳や栄辱の何たるかも忘れているように思えてなりません。それは、戦後の日本人が「修業」「修養」「修身」「修学」という言葉で象徴される「修める」という覚悟を忘れてしまったからではないでしょうか。
 老いない人間、死なない人間はいません。死とは、人生を卒業することであり、葬儀とは「人生の卒業式」にほかなりません。
 ここまで話して、わたしは佐山氏の唱えられた「修斗」も闘いを修めるという意味であることに気づきました。
 もしかしたら、わたしの「修生」という考えは、佐山氏の「修斗」からインスピレーションを得て生まれたのかもしれません。そう考えると、大きな気づきとともに感動をおぼえました。

●アリと猪木に学んだこと
 佐山氏は総合格闘技の創始者の一人ですが、その源流には師匠であるアントニオ猪木とモハメド・アリの「格闘技世界一決定戦」がありました。1976年6月26日に日本武道館で行われた「世紀の一戦」です。わたしもTV観戦しました。
 アリは、黒人差別と闘った人でした。黒人であるがゆえにレストランへの入店を拒否されると、1960年ローマ五輪で手にした金メダルをオハイオ川へ投げ捨てました。ベトナム戦争の徴兵を、「ベトコンは俺をニガー(黒人の蔑称)とは呼ばなかった」と明瞭な理由を公言して拒否しました。そんなアリは、「黒人が最も美しい」とも語っています。「黒人は醜くない」や「黒人も美しい」ではなく、「黒人が最も美しい」。これほど、誇りと信念に満ちた言葉はありません。このアリの言葉は、わたしに多大な影響を与えました。わたしは、葬儀ほど崇高で価値のある行為はないと心の底から思いますが、世間には葬祭業に対する偏見や差別が今も存在します。

●「天下布礼」に命をかける!
 世間の職業的偏見というものと戦い続けた人こそ、アリと戦ったアントニオ猪木です。つねに他のプロスポーツと比べて偏見や差別を受け続けてきたプロレスというジャンルについて、猪木は「プロレスもスポーツである」とは言いませんでした。そうではなく、「プロレスは、キング・オブ・スポーツである」と言い切ったのです。
 この言葉は新日本プロレスのライオン・マークの上部に記され、それは今でも続いています。このプロレスの市民権の向上に挑んだ猪木、黒人の社会的地位の向上に人生を捧げたアリの二人を心の支えにして、わたしは「葬儀ほど崇高で価値のある行為はない」というメッセージを世間に発信し続けたいと思います。あと何年生きられるかわかりませんが、わたしは命をかけて「天下布礼」を進める覚悟です!

 人生を修むるまでは忘るるな
  天下布礼に命かけんと  庸軒