マンスリーメッセージ サンレーグループ社員へのメッセージ 『Ray!』掲載 2021.01

社会現象となった『鬼滅の刃』 日本人の「こころ 」の本質とは?

●コロナ禍の中で大ヒットした謎
あけまして、おめでとうございます。今年も、よろしくお願いいたします。
令和3年の正月が来ました。例年は、元旦の早朝、九州最北端の神社である門司の「皇産霊神社」で初詣をするのですが、今年は新型コロナウイルス感染防止のため、延期しました。正月三が日が明けた4日にはサンレーの新年祝賀式典が松柏園ホテルで開催されました。祝賀会は中止でした。
とにかく、昨年は新型コロナウイルスの猛威に振り回された1年でしたが、そんな中で社会現象と呼べる大ブームを巻き起こしたのが『鬼滅の刃』です。漫画も、アニメも、映画も、史上最大のヒットを記録するという信じられないような現象を巻き起こしています。「なぜ、『鬼滅の刃』はコロナ禍の中で大ヒットしたのか」という謎を解くために、わたしは『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)という本を書き、新年早々に上梓しました。

●中止された夏祭り
令和2年、改元の翌年にわたしたちが迎えた夏は極めて異常なものでした。
新型コロナウイルスによってあらゆる行動が制限を受け、ビフォー・コロナにはとれた行動をそのまま継続できた例はほとんどなく、さまざまなことが「密」を避けるために変化を求められました。
これは夏に行われる祭事、すなわち夏祭りや盆踊りも例外ではありませんでした。わが国での集客ランキング上位の30の祭りのうち、毎年5~9月に開催予定の24の祭りが開催を中止。残る6つも延期が3、神事のみが2、オンライン開催は1と、例年通りの通常開催は1つもなかったという結果が報告されています。
また、全国の花火大会もコロナ禍を要因に約850件が中止されたといいます。このような状況は、夏祭り・盆踊りにしても花火大会にしても、年が明けたからといって、今年から従来通りの姿を取り戻せる保障があるわけではありません。

●祖先供養と疫病除去の「祭り」
民俗学者の畑中章宏氏は、「日本の人々がこれまで続けてきた祭りのほとんどは、祖霊を供養するためと、疫病除去の祈願のためだったといっても言い過ぎではない」と指摘しています。確かに、日本の祭礼の目的は(稲の豊作祈願を含めた)祖霊祭祀と疫病除去にあったと考えて間違いありません。そして、その中でもいわゆる夏祭りは、疫病退散が主たる目的といえるものが少なくありません。これは夏という季節が、暑さによる人間の生命力低下とともに、病魔が広がりやすくなる季節であることが理由として挙げられます。
コロナ禍における祭礼のあり方は、日本人の「こころ」を安定させるためにも今後早急に検討されなければならない課題のひとつといえます。しかし、現在の状況の中で一縷の望みがあるとすれば、それは「まつりのあるべき姿」や「先祖祭祀のありかた」を見直す声が出ていることでしょう。

●儀式文化を見直す
儀式は、人生の縦軸――人間の年齢の変遷に対応する「冠婚葬祭」と、横軸である1年という円環に対応する「年中行事」に大別できますが、コロナ禍がきっかけとなり、冠婚葬祭はすでにこれからのあるべき姿について見直しが始まっていました。ここに加えて、年中行事も同じように、その本質と継承が議論されることは、日本の儀式文化の存続という点で大きな意味を持つことでしょう。
冠婚葬祭、年中行事、そして祭礼は広く「儀式文化」としてとらえることができます。そして、それらは「かたち」の文化です。それらが何のために存在するのかというと、人間の「こころ」を安定させるためです。
コロナ禍では、卒業式も入学式も結婚式も自粛を求められ、通夜や葬式さえ危険と認識されました。しかしながら、儀式は人間が人間であるためにあるものです。儀式なくして人生はありません。まさに、新型コロナウイルスは「儀式を葬るウイルス」と言えるでしょう。そして、それはそのまま「人生を葬るウイルス」です。

●「こころ」を安定させる「かたち」
人間の「こころ」は、どこの国でも、いつの時代でも、ころころ動いて不安定です。だから、安定するための「かたち」すなわち儀式が必要なのです。
多くの儀式の中でも、人間にとって最も重要なものは「人生の卒業式」である葬儀ではないでしょうか。新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなった方の葬儀が行うことができない状況が続きました。芸能界でも志村けんさん、岡江久美子さんがお亡くなりになられましたが、ご遺族はご遺体に一切会えず、荼毘に付されました。新型コロナウイルスによる死者は葬儀もできないのです。ご遺族は、二重の悲しみを味わうことになります。
コロナ禍の現状、ことごとく祭礼が中止されました。その中で生じる最大の問題は、夏祭りや盆踊りが担っていた祖霊祭祀と疫病除去という役割を、誰が担うのかというものです。その答えの1つが、「鬼滅の刃」という作品だったと思います。
夏祭りは先祖供養であると同時に、疫病退散の祈りでした。それが中止になったことにより、日本人の無意識が自力ではいかんともしがたい存在である病の克服を願い、疫病すなわち鬼を討ち滅ぼす物語であり、さまざまな喪失を癒す物語でもある「鬼滅の刃」に向かった側面があるのではないか。
「鬼滅の刃」現象とは、コロナ禍の中の「祭り」であり、「祈り」だったのです。『鬼滅の刃』という物語は、わたしたちの仕事である冠婚葬祭業とも深い関わりがある、いわば「天下布礼」の物語であると言えます。

亡き人をしのび 病を追い払ふ
これぞ日の本 鬼滅の祭り 庸軒