非道を知らず存ぜず 正々堂々と王道を歩もう!
●非道を知らず存ぜず
5月13日、サンレーグループ全国営業・相談室責任者会議が開催されました。わたしは恒例の社長訓話を行いましたが、そのときに話した内容を紹介します。
わたしは、敬愛する戦国武将である上杉謙信と武田信玄について話しました。まず、上杉謙信は「非道を知らず存ぜず」という言葉を残しています。謙信が越後国一宮・彌彦神社に奉納した願文の中に出てくる言葉です。
「毘」の旗を掲げて戦国の世を生きた謙信は、不正や不義を許すことが出来ない人でした。彼は武将として天賦の才に恵まれた上に、教養人としても超一流でした。そして、礼節に基づいた「心ゆたかな社会」の実現をめざしていたように思います。
謙信は、川中島で何度も激闘を繰り広げた信玄に対して終始気高い見本を示しました。有名な「敵に塩を送る」もその一例です。謙信はもともと熱心な仏教信者でしたが、それだけに大将としての権謀術数ぶりもさることながら、戦い方は情け深く公平で、相手の非に付け込まなかったといいます。
●敵の悪口はいうな
一方の信玄ですが、当然ながら多くの敵がいました。しかし、信玄について詳しく描いた『甲陽軍艦』には「敵の悪口はいうな」という信玄の言葉が紹介されています。
この信玄、じつは彼の敵たちからも一目置かれていました。戦国時代、上杉謙信が武田信玄と14年にわたって戦っていました。
合戦さなかに信玄の死が伝えられると、謙信は食べていた箸を取り落として「敵中の最もすぐれた人物」を失ったとさめざめと泣いたといいます。そして、家臣たちが「今、武田を撃てば勝てる」と浮き足立つのを、「人の落ち目を見て攻め取るのは本意ではない」と戒めました。
徳川家康も、敵である信玄が陣中に没したと聞いたとき、「まことに惜しい人を亡くしたものだ。信玄は古今の名将で、自分は若い時からその兵法を見習ってきた。いわば私の師とも言える」と言ったそうです。
●強敵あっての自分
さらに家康は次のように家臣に語りました。
「その上、隣国に強敵があれば、政治でも軍事でも、それに負けないようにと心がけるから、自分の国もよくなる。そういう相手がいないと、つい安易に流れ、励むことを怠って弱体化してしまう。だから、敵ではあっても信玄のような名称の死は、まことに残念であり、少しも喜ぶべきことではない」
家康といえば「海道一の弓取り」と言われたように、戦の名手で、ほとんど戦って負けを知らない武将でした。秀吉でさえも、小牧・長久手の合戦では、局地戦において一敗地にまみれているほどです。その家康にして完敗したのが武田信玄でした。三方ヶ原の合戦がそれです。
そんな強敵が突然に死んだのですから、手を打って喜びたいところです。しかし家康は、そんな目先のことではなく、もっと大きな観点から、信玄を自分の真の実力を鍛えてくれる師ととらえ、だから信玄のような相手がいてくれることが、自分の長久の基礎を作るためには必要だと考えたのです。
●互いを尊重する「礼」の精神
信玄は「敵の悪口はいうな」という言葉を残しました。なぜ、敵の悪口を言ってはいけないのか。そこには、まず、敵をののしることで相手を憤慨させ、逆に相手を強大化させてしまうといけない、という計算も含まれているかもしれません。
しかし、その根本には、信玄と謙信の間にあるような互いを尊重する「礼」の精神こそが武士の戦いには必要だという考え方があったように思います。また信玄の日頃のそういった考え方が謙信の心に届き、「敵に塩を送る」の一件や、信玄死去の際の慟哭につながったように思います。
その晩年に代表されるようにアンフェアな印象がある家康でさえ、信玄の日頃の考え方には敬意を表していました。
後の徳川幕府において儒学が取り入れられ、武士道が完成しますが、それには信玄の思想も影響していたのではないでしょうか。いま考えると、江戸時代に完成した武士道には、家康の「神」、謙信の「仏」、信玄の「儒」といった三つの思想がバランスよく混ざり合っているように思います。
言うまでもなく神・仏・儒は日本人の「こころ」を支える三本柱であり、その果実こそが冠婚葬祭なのです。
●業界に強固なモラルを!
わたしは、同業他社であっても良い点はどんどん素直に学ぶことを心がけています。また、どんなにいわれのない誹謗中傷を他社から受けても、法的手段に出ることはあっても、絶対に相手の悪口は言わないように決めています。そんな会社はいずれ自滅することがわかっているからです。
じつは今、わたしは冠婚葬祭互助会業界の倫理規範の原案を書いているところです。
残念なことに業界の中には、他社の誹謗中傷を行って会員の切り替えしをしている互助会があるそうです。互助会の社会的使命が問われている今の大切な時期に、まだそんな愚かなことをしている会社があるとは驚きです。まあ、そんなモラルのない互助会は消費者団体からの攻撃にでもあって消えていくのではないでしょうか。
わたしたちは非道を知らず存ぜず、敵の悪口は言わずに、正々堂々と胸を張って王道を歩みたいものです。最大のライバルは自分です。敵の悪口など言う暇があったら、己(おのれ)を正しましょう。
非道など知らず存ぜず
敵であれ悪口いうな己(おのれ)を正せ 庸軒