マンスリーメッセージ サンレーグループ社員へのメッセージ 『Ray!』掲載 2024.03

能登半島地震で知る 人間にとって本当に必要なもの

●能登半島地震への義援金
 1月1日、最大震度七の能登半島地震が発生しました。この地震による死者は現在のところ石川県内で241人です。犠牲者の方々の御冥福を心よりお祈りいたしますとともに、被災者の方々にはお見舞いを申し上げます。
 このたびの震災に関してサンレーグループのみなさんから義援金が集められました。心より感謝申し上げます。
 わたしは1月9日に石川県入りし、能登半島の中心部にある七尾まで行ってきました。2月7日には珠洲まで行きました。石川県の志賀町を震源地とする最大震度4のやや強い地震が発生したこの日、わたしは金沢市から珠洲市に向かいました。金沢から珠洲までは最短で片道4時間、往復8時間かかります。
 能登半島は珠洲はもちろん七尾さえもまだ水道が復旧しておらず、断水状態が続いていました。トイレに行くのをなるべく控えるため、朝から水分を控えました。それでも、簡易トイレは利用しました。

●風呂に入れなくて髭を剃れず
 珠洲に向かう途中、道路が大破していたり、家屋が倒壊した光景をたくさん見ました。今回の震災の甚大さを痛感しました。
 能登半島は一本道なので、渋滞がひどかったです。金沢を出発してから4時間半以上経過して、13時頃に車中で弁当を食べました。お茶も飲みたかったのですが、トイレに行きたくなるので我慢しました。珠洲市に近づくと、倒壊したお墓がありました。
 ようやく珠洲市に入ると、東京から来た赤十字社のテントをはじめ、他県からの応援の車両がたくさんありました。そして、ついに、わが社の珠洲紫雲閣に到着。下野支配人と中川副支配人が迎えてくれました。
 この日は下野支配人の54回目の誕生日だというので、「お誕生日、おめでとうございます!」の言葉を添えて、松柏園ホテルのオリジナルワインをプレゼント。そのとき、「マスクを外して一緒に記念撮影しよう!」と言ったところ、「じつは髭を剃っていないんです。ずっと風呂に入れなくて・・・」と答えました。その言葉を聞いたとき、被災者の方々の苦労を想いました。

●瓦礫の空は悲しいほどお天気
 それから、珠洲紫雲閣を出発したわたしたちは、下野支配人と中川副支配人の先導で珠洲市内でも最も震災の被害が大きかった正院町に向かいました。そこには信じられないような光景が広がっていました。見渡す限りの家々が倒壊しています。まるでゴジラに蹂躙されたような、まさに「カタストロフィー」といった光景でした。
 正院町の被災地を見ると、新しく建てたような家が飛び飛びにまったく損傷なく残っていることに気づきました。つまり、耐震基準の厳格化(1980年)以降に立てられた家は無事なのです。それ以前に建てられた家はすべて破壊された印象でした。
 そして、倒壊した家々の瓦礫の山の上には美しい青空が広がっていました。そう、悲しいほどお天気なのです。その後、わたしは正院町の瓦礫の山を見渡せる竹林に移動して、数珠を持って犠牲者の方々の御冥福をお祈りしました。今年は、ぜひ、珠洲で「月への送魂」を行いたいと思います。

●人間に必要な水と葬儀
 能登半島地震では、珠洲市の下水管被害(1月末時点)が総延長の約94%となり、被災自治体の中で突出していることが分かりました。104.3キロのうち97.9ロが被害を受けたとみられ、下水管とつながるマンホールが道路から突き出た光景があちこちで見られました。市は飲料水確保へ上水道の復旧を急ぎますが、生活排水を流す下水の復旧にはさらに時間がかかる見通しです。
 人が生きていく上で、一番大切なものは「水」です。そして、水の次に大切なものが「葬儀」だと思います。孔子の母親は雨乞いと葬儀を司るシャーマンだったそうです。雨を降らすことも、葬儀をあげることも同じことだったのです。雨乞いとは天の「雲」を地に下ろすこと、葬儀とは地の「霊」を天に上げること。その上下のベクトルが違うだけで、天と地に路をつくる点では同じです。
 水がなければ、人は生きられません。そして、葬式がなければ、人は旅立てないのです。水を運ぶものは水桶であり、遺体を運ぶものは棺桶です。この人間にとって最も大切なものをテーマにした映画があります。

●「裸の島」の2つの桶
 その映画とは、新藤兼人監督の名作「裸の島」(1960年)です。瀬戸内海に浮かぶ小さな孤島に4人家族が住んでいました。夫婦と2人の息子たちです。島には水がないので、畑を耕すためにも、毎日船で大きな島へ水を汲みに行かなければなりません。子どもたちは隣島の学校に通っているので、彼らを船で送り迎えするのも夫婦の仕事です。会話もなく、変化のない日常が続いていましたが、ある日、長男が高熱を出し、島には病院がないので亡くなってしまいます。夫婦は亡き息子の亡骸を棺に入れて墓地まで運びます。
 そう、「裸の島」夫婦が一緒に運んだものは水と息子の亡骸の入った棺でした。2人は、ともに水桶と棺桶を運んだのです。その2つの「桶」こそ、人間にとって最も必要なものを容れる器だったのです。水がなければ、人は生きられません。そして、葬儀がなければ、人は旅立てないのではないでしょうか。
 悲嘆にくれる母は、息子を失った後、大切な水を畑にぶちまけて号泣します。葬儀をあげなかったら、母親の精神は非常に危険な状態になったでしょう。喉が渇けば、人は水を必要とし、愛する人を亡くして心が渇けば、人は葬儀を必要とするのです。

 人はみな 水なくしては生きられず
  弔ひなくば旅立ちできず  庸軒