マンスリーメッセージ サンレーグループ社員へのメッセージ 『Ray!』掲載 2025.07

鎌田東二先生の旅立ち 魂の義兄弟の志を受け継ぐ!

●精神世界の巨星墜つ!
 わが魂の義兄弟であった京都大学名誉教授で宗教哲学者の鎌田東二先生が旅立ちました。神道、仏教、修験道、スピリチュアリズム、スピリチュアルケア、グリーフケア・・・「こころ」と「たましい」に関わる、あらゆるジャンルを自由自在に駆け巡った精神世界の巨星がついに墜ちました。
 ステージ4のがん患者でありながら、八面六臂の大活躍をされていました。しかし、5月30日18時25分、ご自宅で奥様に見守られながら、その偉大な生涯を閉じられました。享年74でした。
 わたしは翌31日に京都のご自宅を訪れ、魂の義兄と最後のお別れをしました。6月1日の昼過ぎにご自宅から出棺、故人は火葬に付されました。鎌田先生ほど思考のスケールが大きく、また行動力のある学者はいませんでした。死の間際まで、災害支援士の育成に情熱を注いでおられました。

●鬼を見た少年時代
 鎌田先生は、子どもの頃の原風景に自分だけが見える「鬼」があり、不可解な夢に悩まされていたそうです。
 その後、運命の書である『古事記』と出合い、神話の世界がその内面に深く根を下ろしました。國學院大學で神職の資格を取得し、宗教哲学や比較文明学、民俗学など幅広い分野で研究を重ねました。
 京都大学こころの未来研究センター(現・京都大学人と社会の未来研究院)教授、上智大グリーフケア研究所教授、日本臨床宗教師会会長などを歴任。著書は膨大ですが、わたしとも『満月交感』上下、『満月交遊』上下(ともに水曜社)、『満月交心』(現代書林)、『グリーフケアの時代に』(弘文堂)などの共著があります。
 また、鎌田先生は「神道ソングライター」としてCDのリリースやライブ活動も行いました。わが社の第二社歌「永遠からの贈り物」の作詞・作曲も手掛けています。
 最近はステージ4のがんと公表しながら、精力的に活動されました。今年に入ると、神話や伝承には地質学的・生態学的根拠があると指摘し、防災教育には地域風土記の作成が必要だと訴えました。そして、死の直前まで災害社会支援士の育成に情熱を傾けました。

●「かまたまつり」を開催
 自身の死後については、死後百日祭「かまたまつり」と名付けたお別れの会を企画し、参列者が歌や踊りで自由に表現するといった内容を、ユーチューブの「京都面白大学」の動画内で語っていました。ちなみに、この「かまたまつり」の最高責任者である葬儀委員長はこのわたしです。
 鎌田先生は、本当に偉大な実践思想家でした。鎌田先生の不在は、日本にとっても大きな損失です。もっともっと活躍して「明るい世直し」を推進していただきたかったのに、もっともっと語り合いたかったのに、まことに残念でなりません。
 わたしは、4月に京都にお見舞いに行きましたが、5月に入ってから急に体力が低下したと、東京大学名誉教授で宗教学者の島薗進先生からお聞きしました。
 それで、6月4日の横浜でのグリーフケア講演、5日の東京での前田日明氏との対談を終えたら、そのまま京都へ向かうつもりでしたが、結果的に間に合いませんでした。返す返すも残念です。

●お見事な人生でした!
 5月30日、京都駅から車を走らせ、鎌田先生の御自宅に到着しました。奥様に御挨拶して、ベッドに横たわっている故人を拝顔しました。そのお顔はまるで即身成仏のように穏やかでした。微笑んでいるようにも見えました。わたしは、深々と拝礼し、「鎌田先生、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。どうぞ、安らかにお休みください」と言いました。鎌田先生の御長男と奥様とお嬢ちゃんにもお会いしました。鎌田先生にとっての初孫となるお嬢ちゃんは天使のように可愛く、昨夜は旅立ったおじいちゃんのために木魚を叩いてあげたそうです。
 鎌田先生の穏やかな表情を見ながら、わたしは「ああ、先生の人生は幸せだったんだなあ」と思い、「鎌田先生、お見事な人生でございました!」とご遺体に語りかけました。すると、また泣けてきました。
 鎌田先生が横たわるベッドのサイドテーブル上には、死亡診断書と一緒に『古事記』の岩波文庫版が置かれていました。かなり読み込んだと思われる年季の入った文庫本で、おそらく鎌田先生の座右の書だったのでしょう。それは棺に入れられる本だと思われました。わたしは、「ああ、鎌田東二は『古事記』と共に霊界に参入するのだ!」と思いました。棺に入れられる座右の1冊がある人生は幸福です。

●「明るい世直し」の志を受け継ぐ
 鎌田先生には言い尽くせないほど、本当にお世話になりました。昨年逝去した佐久間進名誉会長の通夜・葬儀告別式。お別れの会にもご参列いただき、心ある弔辞も賜りました。そればかりか、火葬場にまで同行して下さり、父の遺骨を一緒に拾って下さいました。感謝の言葉もありませんでした。
 生涯をかけて「明るい世直し」を目指した鎌田先生の志は、わたしが受け継ぐ覚悟です。わたしとの往復書簡であるムーンサルトレター20周年の書籍化である『満月交命』(現代書林)は結果的に遺作となりますが、わたしが責任をもって「かまたまつり」の日までには刊行いたします。
 本当に、こんな凄い思想家と20年以上も文通したことは、わが生涯における最大の誇りであり、人生の宝です。今は、ただ鎌田先生のご帰幽に際し、心より哀悼の誠を捧げさせていただきます。

 魂の兄の旅立ち見送りて
  その志 継がんと誓ふ  庸軒