【ドラッカー】新訳 イノベーションと起業家精神
訳:上田惇生
出版社:ダイヤモンド社
本書は、今やイノベーションと起業家精神についての最高のバイブルである。ドラッカーによれば、イノベーションと起業家精神には原理と方法があり、才能や気質ではないという。その原理とその方法を示しているが、起業家の性格や心理についてではなく、その姿勢と行動について述べている。
ドラッカーは、アメリカにおける起業家経済の出現こそ、最近の経済と社会の歴史における最も希望に満ちた現象だと考える。イノベーションと起業家精神は、才能やひらめきなど神秘的なものとして議論されることが多いが、本書はそれを体系化することができ、しかも体系化すべき課題、すなわち体系的な仕事としてとらえる。組織に働く人たちの仕事の一部として提示する。
本書は実践の書である。ただし、ハウツーではない。何を、いつ、いかに行なうべきかを扱う。すなわち、方針と意思決定、機会とリスク、組織と戦略、人の配置と報酬を扱う。
本書はイノベーションと起業家精神をイノベーション、企業家精神、戦略の三つに分けて論じている。これらは、いずれもイノベーションと起業家精神の「側面」であって、「段階」ではない。
イノベーションの部では、イノベーションを、目的意識にもとづいて行なうべき一つの体系的な仕事として提示する。イノベーションの機会を、どこで、いかに見出すべきかを明らかにする。その後、現実の事業として発展させていく際に行なうべきことと、行なってはならないことについて述べている。
起業家精神の部では、イノベーションの担い手たる組織に焦点を合わせる。そこでは、三種類の組織、すなわち既存の企業、社会的機関、ベンチャー・ビジネスにおける起業家精神を扱う。これらの組織が成功するための原理と方法は何か。起業家精神を発揮するためには、いかに人を組織し、配置すべきか。その場合の障害や誤解は何か。さらには、起業家の役割とその意思決定について述べる。
戦略の部では、現実の市場において、いかにイノベーションを成功させるかについて述べている。結局のところ、イノベーションが成功するかどうかは、その新奇性、科学性、知的卓見性によってではなく、市場で成功するかどうかによって決まる。
この他に、イノベーションと起業家精神を経済との関わり、および社会との関わりにおいて論じており、読み応え満点だ。私は、世界初の複合高齢者施設をつくるというイノベーションに際して、本書を熟読した思い出がある。