平成心学塾 図書篇 ブック・セレクション #062

【ドラッカー】企業とは何か

企業とは何か

訳:上田惇生

出版社:ダイヤモンド社

 

もともと本書は『会社という概念』の書名で、終戦直後に出版されたドラッカー経営論の原点として知られていた。それが2005年1月、実に60年ぶりに新訳が世に出た。
本書は、企業と産業社会についての世界最初の分析である。第二次世界大戦末期、ドラッカーは当時の世界最強のメーカーであったGM(ゼネラルモータース)に招かれた。彼は同社の経営を何部から調べ、企業経営成功の秘密を探った。18か月かけてGMのすべての事業部を訪問し、ミシシッピ川以東の工場の大半を訪ね、必要な調査をすべて終えて本書を書き上げた。取締役会に同席したり、経営陣一人ひとりに面会し、工場で働く労働者から直接話を聞いたりした。ただ大戦の真っ最中であったため、工場も戦時体制にあり、その様子が本書には色濃く反映されている。
本書が終戦すぐに出版されたとき、全米自動車労組(UAW)はGMを相手に一大ストライキを決行していた。労働者側と経営者側の協力関係が新しい時代に入ることを高らかに歌い上げた同書にとって、まさに最悪のタイミングだった。
本書は出版当時、当のGM関係者からは、反GM、反企業の書として「禁書」扱いとなったが、世界中の企業、政府機関、研究所、病院、大学、NPOの組織と経営に重大な影響を与え、必読の書となった。また、フォード再建の教科書となり、世界中の企業の組織再編の教科書ともなった。
経営学者の間では、本書は組織原理の一つである「分権化」を提唱した書物として知られている。ドラッカーは本書において、分権を基本とすることによって、産業社会は成立すると述べたのである。1980年代までに、フォーチュン500社のうち75%から80%が大規模な分権化を実施しているが、これはすべてドラッカーに影響されたものだとされている。
訳者の上田惇生氏によれば、もともとマネジメントには二つの危ない道が用意されていた。一つが金儲けのノウハウの途をたどることであり、一つが数式によるモデル化という似非科学の道をたどることだった。ところがマネジメントは、産業社会は社会として成立しうるか、社会的存在としての人間は産業社会において幸せたりうるかとのドラッカーの問題提起から芽を出し、そのゆえに今日の堂々たる大木へと育った。それは、道具であることを超えた文化となり、現実にマネジメントに携わる人たちに指針と勇気と気概を与える存在となったのである。