『夏帆 The Tale of KAHO』
国民的作家である著者にとって3年ぶり、16作目の長編小説で、初めて女性を主人公にしています。相変わらずの不思議で魅力的な物語で、福岡空港から小松空港へ向かう飛行機の中で読み耽りました。わたしは、これまでに村上春樹氏が発表したすべての長編小説を読んでいます。長編だけでなく、短編集やエッセイの類も読んできました。村上氏が77歳という年齢で、しかも大病をされた後にこのような長編を上梓されたことをまずは喜びたいと思います。
本書は、これまでの村上文学に比べてずいぶんと変わったように思えました。村上文学の特徴として「リアル」と「非リアル」の混在がありますが、本作ではリアルの部分がうんと少なくなって、ほとんど非リアルの物語となっています。つまり、もはや「ファンタジー」と呼んでよいほどにリアルの部分が縮小し、非リアルが増幅しているのです。
本作の主人公である夏帆は絵本作家ですが、本作そのものが絵本のような読み物であると感じました。それは、絵本が子どもたちの胸をときめかせて「こころの王国」に連れていくのと同じように、現実に疲れた大人たちをワクワクさせ、そこへ連れていくことができるという意味においてです。
他に気づいた大きな変化としては、これまでの村上文学が扱ってきた「死」や「巨大な喪失」という重いテーマではなく、もっと軽やかな物語となっていることです。村上氏の長編小説には必ず「死者」の気配や「幽霊」の存在が描かれていましたが、それもなくなっています。もちろん、不思議な人物や動物は相変わらず登場しますが。さらに、女性を主人公にしただけあって、性的な描写がなくなりました。これまでの村上文学は「男性主人公が女性を犠牲にする物語」などと指摘されていましたが、その要素がすっかり消えていました。
本書を読んでいると情景が映画のように次から次に脳内に浮かんできます。登場するキャラクターの中では、ありくいの奥さんが気に入りました。それにしても村上氏はなぜこのような奇妙な物語を書いたのか。それは、ドイツの哲学者であるヴァルター・ベンヤミンの「善き物語」という考えを小説で提示したかったからではないでしょうか。
ベンヤミンは「善き物語には、必ず何かしらの有用性が含まれている」と論じ、真の物語は聴き手に教訓や助言を与え、経験を伝達する力を持つべきだと主張しました。77歳の国民的作家が書いた16冊目の長編小説には明らかに「善き物語」の有用性があります。これからも村上氏がお元気で「善き物語」を書き続けてくれますように。