『岸惠子自伝』岸惠子著(岩波書店)
わたしは自伝が好きでよく読むのですが、最近では一番面白かった本です。万華鏡のように煌めく人生の軌跡が記されていました。
著者は、1932年横浜生まれ。1951年、女優デビュー。1957年、フランスの医師・映画監督であるイヴ・シァンピとの結婚のため渡仏。1963年、長女デルフィーヌ誕生。1975年離婚。女優として映画・TV作品に出演し、主演女優賞のほか数多くの賞を受賞しています。また、作家、国際ジャーナリストとしても活躍を続けています。
女優としては日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞し、作家としては日本エッセイスト・クラブ賞を受賞している著者ですが、こんな才色兼備の女性はなかなかいません。
古い日本映画が好きなわたしは、もともと著者のファンでした。1972年の斎藤耕一監督の「約束」が特に好きで、影のあるヒロインを演じた著者の美しさに魅了されました。
本書の存在を知ったのは、2021年5月3日に放送されたテレビ番組「徹子の部屋」を偶然観たことからでした。同番組に久々に登場した著者は88歳の米寿を迎えていましたが、それが信じられないほどの美と健康を誇っており、まことに感嘆しました。
著者はコロナ禍でも多忙な日々を過ごしていたそうで、それは88年間の人生を思い起こし、自伝にまとめる作業にとりかかっていたためと語っていました。1日に6時間にもおよぶ執筆で、書斎にこもる日々を送った結果生まれたのが本書だったのです。
早速、アマゾンで購入しましたが、雑事に追われ、ようやく本書が読めたのは7月の中旬でした。一読して、「日本にこんなすごい女性がいたとは!」と感服しました。
本書には、戦争体験、女優デビュー、人気絶頂期の国際結婚、医師・映画監督であるフランス人の夫と過ごした日々、娘デルフィーヌの逞しい成長への歓びと哀しみなどが情感ゆたかな文章で綴られています。その馥郁たる人生を、ジャン・コクトー、川端康成、三島由紀夫、市川崑、長谷川一夫、高峰三枝子、田中絹代、美空ひばり、佐田啓二、鶴田浩二、力道山といった、さまざまな個性あふれる人々との交流や、中東・アフリカで敢行した苛酷な取材経験なども織り交ぜています。
著者が女子高生のとき、バレエのレッスン後に、有楽町の映画館でコクトーの「美女と野獣」のスティル写真に目を奪われました。校則違反を覚悟して鑑賞した著者の人生は、この1本の映画によって大きく変わります。
著者は「白黒の映像は美しく、わたしは『映画』という不思議に魅せられた」と書いていますが、映画だけでなく、人との縁の不思議、人生の不思議をも教えてくれる1冊です。