ハートフル・ブックス 『サンデー新聞』連載 第121回

『いのちを呼びさますもの』  稲葉俊郎著(アノニマ・スタジオ)

著者は1979年熊本生まれの医師で、東京大学医学部付属病院循環器内科助教。心臓のカテーテル治療や心不全が専門ですが、西洋医学のみならず伝統医療や代替医療など幅広く医療を修めています。
本書は、そんな著者が「人が生きるために必要なこれからの医療」や「創造の力」「医療と芸術の接点」などを説く内容で、皮膚の下に広がる見えない世界を紐解くスリリングで感動的な世界が展開されます。
「いのち」とは何か。それは、人が生きるうえで必要な創造の力であり、全体性を取り戻すプロセスであり、それはまさに自ら治癒していくための、医療であり芸術であると語ります。そう、著者にとって医療とはアートにほかならないのです。
「はじめに」では、「私は体が人一倍弱かったらしい。体が”うまくかみ合っていなかった”ということなのだろう。よく入院していたため、小さい頃の記憶は病院のことが大部分を占めている。そこはいいも悪いもなく、判断や評価という価値基準もまだなく、見えている世界を見えているまま観察していた。それが世界のすべてだった」と書いています。
いつ死ぬかわからない命がけの時代を経て、今の著者は元気に生きています。だからこのように文章を書くことができるし、言葉を届けることもできるわけです。「いろいろな方の助けのおかげで『いのち』を長らえることができた」と感謝する著者は、生き続けているだけで、十分すごいことだと、身に染みて実感します。その恩返しをしたいと思ったことも、医師になった理由のひとつでした。
著者は、過去の幼く弱かった自分をよく覚えているからこそ、「生きているということがどういうことなのか」を切実な問いとして個人的に探究し続け、「『いのち』とは何だろう。 生まれて、生きて、死ぬとはどういうことなの」と読者に問いかけます。
著者が「いのち」の根本の問いに対して「Why?(なぜ?)」を突き詰めていくと、神話や物語や宗教の世界と出会い、「How?(どうやって?)」を突き詰めていくと物理学や化学や医学などの自然科学の世界と出合います。そうして、著者は未知の水源を探るように、自分なりに「いのち」について探究し続けてきたのだというのです。
そして、「いのち」とは「生」だけではありません。それは「死」をも含んだ大きな流れです。著者は「この世に生まれ、生きている以上、いつか必ず死を迎える。それは、生きているものすべてにとっての”けじめ”のようでもある」と述べます。現役の臨床医である賢人が「いのち」の本質について深く考えをめぐらせた本です。ぜひ御一読下さい。