『仕事と人生に効く 教養としての映画』伊藤弘了著(PHP研究所)
「日本一わかりやすい」映画講師という著者は、関西大学、同志社大学、甲南大学で非常勤講師を務めています。また、東映太秦映画村・映画図書室にて資料整理の仕事を行なっており、本書が初の単著となります。
本書の冒頭で、著者は「映画研究者=批評家としての立場から、私は『映画を意識的に見ることは、人間としての能力の底上げや人生の向上につながる』という確信を抱いています」と高らかに宣言します。
第一講「映画を見たらどんないいことがあるか――人生が劇的に変わる5大効用」の「映画は『オワコン』ではない」では、2020年はコロナ禍の影響もあって観客数、興行収入ともに2019年の55%弱に落ち込んでしまいましたが、そのような状況のなかでアニメ映画「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が歴代最高の興行収入を記録したことは注目に値するとして、「人々には依然として映画に対する強い欲求があり、機会があれば困難な状況下でも映画館に足を運ぶということが証明されたからです」と述べます。
さて、映画を観る効用について、著者は作家の池波正太郎の意見にならって説明します。すなわち映画の真骨頂は、疑似体験した複数の人生を現実の自分の人生に持ち込むことができる点にあると指摘し、「映画ではしばしば危機的な状況や困難な状況が描かれます。そうした状況を打開するために登場人物たちが見せる知恵や勇気、決断力は、分野を超えて私たちに多くのことを教えてくれます」と提唱するのです。
また、「知識を身につけるきっかけになる」という映画の効用も紹介されます。ウイルス感染の脅威、アポロ計画の実態、原発事故の現場、リーマン・ショックの背景など、映画は実に多彩な題材を取り上げますが、著者は「こうしたテーマを書籍や文献で学ぶのはもちろん重要なことですが、いきなり専門的な書籍に当たるのはハードルが高いですよね。その点、映画は視覚的なイメージから入ることができます。しかも多くの映画は一般的な観客の理解力をシビアに計算してわかりやすく作られていますので、無理なくその分野に馴染むことができます。非常にコスト・パフォーマンスがよいのです」と指摘。さらに、映画を意識的に見続けると、「粋な人間になって行く」「人間の『質』が違ってくる」などの池波説を紹介して、実例を挙げています。
本書から、わたしは多くを学びましたが、何より、著者の映画に対する深い愛情に感銘を受けました。もうすぐ上梓する拙著『心ゆたかな映画』(現代書林)を書く上で非常に参考になったことを告白するとともに、最高の映画入門として広くオススメします。