『死者の書』上下、近藤ようこ著(ビームコミックス)
おかげさまで、この「ハートフル・ブックス」が連載100回目を迎えました。
読者のみなさんの心に栄養を与えるような本を紹介してきましたが、この記念すべき100冊目は何を取り上げるか。
ずっと考えてきましたが、いま最も注目されている漫画家の1人である近藤ようこ氏が折口信夫の幻想小説を漫画化した『死者の書』を選びました。
近藤氏の作品は、見世物で生計を立てる異形の人々の道行きを描いた『五色の舟』(第18回 文化庁メディア芸術祭[マンガ部門]大賞)を読んで以来、ひそかに愛読していましたが、この『死者の書』こそは著者の代表作と呼べる傑作であると思います。
わたしは今秋刊行予定の『儀式論』(弘文堂)を書き上げるにあたって、膨大な文献を参考にしましたが、その中でも特にわたしの心に響いたのが折口信夫の一連の著作群でした。まさに折口は、師の柳田國男とともに「日本人とは何か」を追求した「知の巨人」でした。
そんな折口は民俗学者としてだけではなく、文学者としても超一流でした。「釈迢空」の筆名で書かれた彼の文学上の代表作こそが『死者の書』なのです。
奈良時代、藤原南家の中将姫がその一途な信仰で、若くして非業の死を遂げた大津皇子の彷徨う魂を鎮めるまでを描いています。
わたしの父は國學院大學文学部出身で、日本民俗学を学びながら、その事業化としての冠婚葬祭業の道に進みました。折口に心酔していた父は中央公論社から刊行されていた『折口信夫全集』を買い揃え、自宅の書斎に置いていました。
その影響でわたしは高校生の頃に『死者の書』を読みましたが、ストーリーを追うのがやっとで、同書の深奥な世界を理解するまでには至りませんでした。
その作品世界を近藤ようこ氏が漫画で見事に再現してくれたのです。折口民俗学に憧れて國學院大學文学部文学科に進学したという近藤氏だけに、『死者の書』への思い入れの深さは他人には測り知れないものがあります。その画風もそこはかとない無常観を漂わせており、能の世界にも通じる『死者の書』の雰囲気をよく伝えてくれます。
奈良の当麻寺には、国宝の「曼荼羅堂」があります。そこには、中将姫ゆかりの見上げるほどの巨大な「当麻曼荼羅」が飾られ、西方極楽浄土の様子を表しています。
この曼荼羅の製作過程も本書に詳細に紹介され、わが社のセレモニーホール名称の由来にもなった「紫雲」も描かれています。
読み終えて、しみじみと感動しました。