『解放老人』野村進著(講談社)
「認知症の豊かな体験世界」というサブタイトルがついています。厚生労働省の調べでは、2015年には認知症患者の数は最多で730万人に達する可能性があるとか。ノンフィクションライターの著者は重度認知症治療病棟のお年寄りたちに長期間密着し、この難病をまったく新しい角度から見つめています。
著者は山形県にある病院の「重度痴呆症病棟」に入ったときの体験を書いています。ちょうどリクリエーションのさなかで、若い女性職員にリードされながら、お年寄りたちが童謡の「むすんでひらいて」や「めだかの学校」を歌っていたそうです。「むすんでひらいて」では、歌に合わせて実際に両手をグーやパーの形にして、手を叩き、最後は万歳をしていました。著者は、次のように書いています。
「俗に、年をとると、だんだん赤子に返っていくという。還暦に赤いちゃんちゃんこを贈るのは、その象徴であり、また『痴呆』の『呆』の字は、一説によると、オムツをあてられた赤子の姿とされる」
しかし、著者が病棟で垣間見たお年寄りたちの様子は無邪気そのものでした。 そこには、当初予期していた「どんよりとした、重苦しい、灰色の世界」とはどこかしら違っていたのです。著者は次のように書いています。
「ここには、なにか『ほのかな明るさ』がある。それは、白夜の明るさに似ているようだが、決して暗黒の闇夜に存在するものではない。ひょっとすると、暗夜のどん底で老残に苦しむイメージは、私たちが外部から見た印象だけで一方的に造りあげたものではないか」
著者は、認知症の人たちの心的世界がいかに日常からかけ離れていようとも、それを「豊かな世界」として受け止めていきます。そこには「愛」があり、「老い」を徹底的に肯定的にとらえる姿勢があります。それは拙著『老福論』(成甲書房)のメッセージにも通じています。
要は、「何事も陽にとらえる」という発想が必要ではないでしょうか。すべての人間は「老いる」ことも「死ぬ」ことも避けられません。ならば、それを不幸ととらえず、前向きに考えることが大事です。人間にとって最大の不安ともいえる「死」の不安から自由になることが「認知症」の最大の恵みではないでしょうか。 わたしは、本書からポカポカした太陽のような暖かさを感じました。
なお、わたしが経営する冠婚葬祭会社では、「人間尊重」という大ミッションのもと、社員であると同時に地域の一員としてお互いが思いやり、支え合う姿勢を大切にしています。その一環として認知症サポーターの養成に取り組んでいます。現在37名の社員が認定されていますが、今後も積極的に講座を開催して認定サポーターを増やしていき、地域社会を支えていきたいと考えています。