『生きる意味』上田紀行著(岩波新書)
ある予備校の調査によると、本書は、2006年の全国の大学入試で出題数が第1位の本だったそうです。40以上の大学が本書から出題したというから、すごいですね。それほど、本書の内容が現代社会の抱える問題を浮き彫りにしたということでしょう。
著者によれば、わたしたちがいま直面しているのは経済的不況よりもはるかに深刻な「生きる意味の不況」です。物質的豊かさの中で、多くの日本人は「本当に欲しいもの」がわからない「空しさ」に苦しんでいます。
1998年からずっと日本における自殺者の数が年間3万人を越えています。自殺を試みたけれども未遂に終わった人はだいたいその2倍の数だと考えられています。ということは、単純に計算しても、1年間に自殺を試みた人はおよそ10万人ということになります。
これまでの時代は、「生きる意味」も既製服のように、決まったものが与えられた時代だったのです。しかし、いまや一人ひとりが「生きる意味」を構築していかなければならない時代が到来しました。著者の言葉を借りれば、「生きる意味」のオーダーメイドの時代なのです。
「生きる意味」を持たない現代日本人を象徴する言葉が「透明な存在」です。そう、あの酒鬼薔薇少年が提示した言葉ですね。「透明な存在」とは、色も匂いも癖もない交換可能な存在なのです。
では、交換可能の反対とは何か。それは「かけがえのない」ということです。透明人間たちは、自分自身をかけがえのない存在であると感じることができません。常に自分は他人と交換可能であるという感覚がつきまといます。それは、まさに人間の尊厳を最大限に傷つけられた状態なのです。
著者は、日本社会における自己信頼の回復は、次の二つの方法で可能になると説きます。第一に、わたしたち一人ひとりを固有の「生きる意味」を持った存在であるととらえ、一人ひとりの中の「内的成長」を見ること。第二に、わたしたちが自分自身を「内的成長」する存在だと感じ、「生きる意味」を探求すること。
「自分の幸せのみを喜ぶ者の幸せは有限である。しかし他人の幸せを我がごとのように喜べる者の幸せは無限である」という多くの文化に伝えられている教えは、どんな社会が人間を幸せにしてくれるかを教えてくれます。
そう、それは、「思いやり」社会であり、「助け合い」社会に他なりません。