『美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道』春日太一著(文藝春秋)
時代劇・映画史研究家の著者が、2018年に女優生活60周年を迎えた岩下志麻さんにインタビューし、岩下さんが出演してきた数々の作品について自ら詳細に語り下ろした内容です。わたしは岸惠子と岩下志麻が好きな二大女優なので、興味深く読みました。
今年6月に文庫化された本書には、岩下志麻さんの女優人生が余すところなく語られていますが、「おわりに」に書かれた岩下さん自身の言葉がその見事な要約となっています。
「女優として欲のなかった私ですが、松竹という映画会社に入社し、当時松竹にいらした小津安二郎監督、木下惠介監督をはじめ大勢の巨匠の作品に出演させていただいてその度に鍛えられ一歩一歩前進しながら育てていただきました。また、篠田正浩という気鋭の監督との出会い、そして一緒に独立プロ『表現社』を設立し、松竹の枠の中ではできなかった沢山の作品の中でいろいろな役柄を体験できる機会を得ることができました。特に『心中天網島』や『はなれ瞽女おりん』では沢山の主演女優賞を頂くことができ、これも大きな励みとなりました。40代後半からは、東映というそれ迄とは全く異質な映画会社の映画に出演できるようになり、しかも『極道の妻たち』というシリーズを持つ事ができました。振り返りますと、大変、運の良い恵まれた女優生活だったと思います」。
わたしは昨年、松本清張原作の映画全作品をDVDで一気に鑑賞したのですが、名作揃いの作品群の中でも特に「影の車」(1970年)、「内海の輪」(1971年)、「鬼畜」(1978年)、「疑惑」(1982年)といった岩下さんの主演映画に魅了されました。
その後、「極道の妻たち」を除くさまざまな岩下さんの主演映画を観ましたが、若い頃の可憐さから大ベテランになってからの凄味まで、あまりにも多彩な役柄に感嘆しました。
NHK大河ドラマ「草燃える」や映画「鑓の権三」で岩下さんと共演した郷ひろみのヒット曲「How many いい顔」には「処女と少女と娼婦に淑女♪」という歌詞がありますが、まさに岩下さんのことだと思います。
本書を通読して思ったのは、女優・岩下志麻の本質は巫女ではないかということです。岩下さんは「卑弥呼」(1974年)で白塗りメイクで邪馬台国の女王・卑弥呼を演じていますが、実際に卑弥呼と同じようなシャーマン体質であるような気がします。
卑弥呼、額田女王、北条政子をはじめ、岩下さんは歴史上の人物を演じるたびに観客や視聴者に「その人の生まれ変わりではないか」と思わせてきました。まさに「女優の中の女優」だと思います。今年で80歳になられる岩下志麻さんのご健勝をお祈りいたします。