ハートフル・ブックス 『サンデー新聞』連載 第122回

『妻に捧げた1778話』眉村卓著(新潮新書)

この春から、上智大学グリーフケア研究所の客員教授になりました。冠婚葬祭の現場での経験を生かして、愛する人を亡くした遺族を周囲の人や地域社会はどう癒していけるのかを研究したいと考えています。
また、少しでもグリーフケアに関連する本を読むようにしています。そんな読書活動の中で、本書の存在を知りました。
著者は1934年(昭和9年)大阪生まれ。本名・村上卓児。大阪大学経済学部卒業。会社員を経て、小説家に。大阪芸術大学教授。作品に『なぞの転校生』『ねらわれた学園』『消滅の光輪』(泉鏡花文学賞・星雲賞受賞)『時空の旅人』などがあります。
2002年5月、著者は悦子夫人を癌で失いました。最愛の妻が「余命は一年」と宣告されたとき、小説家である夫は、とても不可能と思われる約束をしました。そして、その言葉通り、毎日1篇のお話を書き続けました。5年間頑張った妻が亡くなった日、最後の原稿の最後の行に夫は「また一緒に暮らしましょう」と書きました。
本書は、妻のために書かれた1778篇から選んだ19篇に、闘病生活と40年以上にわたる結婚生活を振り返るエッセイを合わせた愛妻物語となっています。
本書に掲載されている19篇のショートショートを読んだところ、申し訳ないのですが、面白くありませんでした。面白くなかった理由を考えてみると、「病人の神経を逆なでするような話は書かない」というルールがそもそも間違っていたのではないかと思います。「愛」や「死」といった人類普遍のテーマを避けていては深みのある話が書けるはずがありません。だいたい、ショートショートとはいえ、小説というものは元来「病人の神経を逆なでするような話」が多いのではないでしょうか。固有名詞はなるべく使わず、アルファベットのABCを順番に出すというのも、話がつまらなくなった大きな原因であると思います。病身の奥様をいろいろと思いやる気持ちはわかりますが、なによりも本好きの奥様に対して、面白い話を書くことが一番の「思いやり」ではなかったでしょうか。
それでも、著者がうらやましいです。自分が書いたものを奥様が読んでくれるなんて、なんと素敵なことでしょうか。著者はショートショートを書くことで病気の妻の心をケアしていたつもりだったかもしれませんが、じつは心をケアされていたのは読んでもらっていた著者のほうだったのかもしれません。
毎日短いお話を妻のために書く行為は、著者にとっての祈りそのものであり、愛妻亡き後にそれを読み返す行為はグリーフケアとなったのではないでしょうか。