『永遠のゼロ』百田尚樹著(講談社文庫)
大ベストセラーにして超ロングセラーの小説です。放送作家でもある著者の筆力に圧倒され、600ページ近い文庫本を一気に一晩で読了しました。
主人公は、司法試験を四年連続で落ちた佐伯健太郎という青年です。不本意ながらもニートの日々を送る彼は、ジャーナリストの姉から特攻で死んだ祖母の最初の夫について調べてほしいと持ちかけられます。「祖母の最初の夫」とは、健太郎と姉にとっての本当のおじいちゃんであり、名を宮部久蔵といいました。
暇を持て余していた健太郎は、気軽な気持ちで調査を請け負います。祖父の知人たちのもとを訪れ、話を聞くのです。しかし、終戦から60年を過ぎ、久蔵を知る人々もみな年老いていました。
余命わずかな人々から話を聞くうち、飛行機乗りとして「天才だが臆病者」などと呼ばれた祖父の真の姿が次第に浮き彫りになっていきます。久蔵は、結婚して間もない妻と、出征後に生まれた娘を故郷に残していました。
「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」と言い続け、絶対に家族の元に帰るという強い信念を抱いていたのに、終戦の一週間前に、あの神風特攻隊で久蔵は亡くなってしまいます。
『永遠の0』のゼロは「零戦」のゼロです。皇紀2600年の末尾のゼロをつけた世界最高の性能を誇る戦闘機、それが零戦でした。正式名称は「三菱零式艦上戦闘機」ですが、小回りがきき、当時では飛距離が桁外れでした。ただ、悲しいのは搭乗する人間のことがまったく考えられていなかったことでした。戦闘機という機械の開発にのみ目を奪われていた大日本帝国は、兵士という人間に対する視点が決定的に欠けていたのです。
文庫版の「解説」は故・児玉清氏が書いていますが、これがまた素晴らしい名文です。最後は次の一文で終わっています。少々長いですが、以下に紹介します。
「特攻で散華した宮部久蔵26歳、彼の生きた足跡を辿る孫の健太郎も同じく26歳。日々死と対峙し、愛する者のために生き残りをかけたパイロットとして史上空前の大空の戦いに挑んだ宮部久蔵と、止むを得ずとはいうもののニートとして無為な生活を送る現代の健太郎をリンクさせた壮大なロマンは、抱きしめたくなるような宮部久蔵への愛しさを覚える中で、人間とは、戦争とは、何なのかを痛切に考えさせられる筆者渾身のデビュー作となっている」
この一文に、本書のすべてが凝縮されています。読めば必ず涙する大傑作です。