『死者との対話』石原慎太郎著(文藝春秋)
今月1日に亡くなられた石原慎太郎氏の小説を読みました。『暴力計画』『――ある奇妙な小説――老惨』『死者との対話』『いつ死なせますか』『噂の八話』『死線を超えて』『ハーバーの桟橋での会話』の7つの作品からなる短編小説集です。
最も興味深かったのは、最初の『暴力計画』です。80歳になる老人が主人公で、彼には4人の子と7人の孫があり、平穏な余生を過ごしています。しかし、彼には本気で殺したい人間がいるのでした。敗戦の後のどさくさに探し当てて仲間が持ち帰り隠していた士官用の拳銃を譲り受け、実包も6発装填して備えていました。彼が一生をかけてもその手にかけて殺すつもりの相手は戦争中に彼の連隊が所属していた第三十一師団をも統括する第十五軍の司令官でした。
先の戦争で彼が参加したのは「インパール作戦」でした。太平洋戦争のビルマ戦線において、1944年3月に帝国陸軍により開始され、7月初旬まで継続された、援蔣ルートの遮断を戦略目的として、イギリス領インド帝国北東部の都市であるインパール攻略を目指した作戦のことです。作戦に参加したほとんどの日本兵が死亡したため、現在では「史上最悪の作戦」と言われています。
後に、ビルマはミャンマーと国名を変えました。北九州市の門司にあるミャンマー式寺院「世界平和パゴダ」には、ビルマ戦線で亡くなった多くの日本兵の霊が祀られています。『暴力計画』の主人公は、殺すべき相手である牟田口に近づくことに成功しますが、その結末はあまりにも悲しいものでした。
その他、何一つ不自由なく育った女子高校生の身に起こった悲劇を描いた『いつ死なせますか』も印象的でした。著者は、PCPSという人工の心肺で血流と脈拍を助ける機械の存在を知り、そこからイマジネーションを膨らませて、この恐るべき転変小説を書いたようですが、作家の想像力の凄まじさを思い知らされました。そして、『死線を超えて』の中には、著者である石原慎太郎その人の死生観が以下のように語られています。
「いずれにせよ人間は必ず死ぬと言うことを誰もが知っているがそれを信じきって生き続けている者などいはしまい。私もその一人だが、一応有り難い摂理によって死線を超えることが出来たのにその延長に在る、今なお、一応幸せに楽しく過ごしてきた人生の帰結について自分自身の折り合いのつかぬ体たらくを晒しているのは何と言うことだろうか」
今から8年前、著者は脳梗塞で入院しました。早期発見だったので命は助かりましたが、そのときに生まれて初めてワープロで書いたのが本書に収められた作品群だそうです。多くの名作を遺された著者の御冥福を心よりお祈りいたします。