ハートフル・ブックス 『サンデー新聞』連載 第197回

『本なら売るほど』

 わが最新刊『本の読み方』(産経新聞出版)がおかげさまで好評のようです。わたしは本が大好きで、「本ほど、すごいものはない」と考えています。自分でも本を書くたびに思い知るのは、本というメディアが人間の「こころ」に与える影響力の大きさです。そんなわたしが最近ハマったのが児島青の『本なら売るほど』です。古書店をめぐるハートフル・コミックなのですが、ものすごい人気で、マンガ大賞2026の大賞をはじめ、数々の栄冠を手にしています。
 このコミックには、脱サラして古書店を営む店主と来店する本好きなお客さんたちにまつわるエピソードが描かれています。各エピソードで取り上げられている本の趣味が良いです。諸橋徹次の『大漢和辞典』(大修館書店)全巻が登場したのには驚きつつも歓喜しました。全体的に小説が多いですが、わたしの趣味にかなり近いので嬉しくなりました。第1話の「本を葬送る」には、エイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』が登場します。1952年に刊行されたアフリカ文学の最高峰です。わたしは、高校時代に読みました。
 第2話の「コーヒーにこんぺいとう」では、亡夫の愛読書だった『寺田寅彦全集』を十月堂に売った老婦人の物語です。本の中に大金が入っていたため、店主が返しに行くのですが、そこでイチゴ柄のカップに入ったコーヒーと金平糖を御馳走になります。テーブルの上には野の花が飾られていました。老婦人は「主人は、いつも『お前もそこに座っておいで』と言って、本を読んでいました。わたしは編み物なんかしながら・・・・・・」と言うのですが、古書店主はそれが「好きなもの イチゴ 珈琲 花 美人 懐手して宇宙見物」という寺田寅彦の詩に登場するイメージそのものであることに気づきます。
 第3話の「アヴェ・マリア」には本好きの女子高生が登場します。彼女は澁澤龍彦の大ファンで、学校で『高丘親王航海記』などを読むような少女なのですが、同年代の男子たちにはない知性を感じさせる十月堂の店主に淡い恋心を抱きます。「高校生で澁澤龍彦はシブいね!」と言う店主に頬を赤らめた彼女は「他には三島由紀夫とか好きで・・・・・・」と告白するのでした。何を隠そう、わたしが高校時代に最も愛読した作家が三島由紀夫と澁澤龍彦の2人でした。わたしの思考法の1つに「この問題は、三島や澁澤ならどう考えるだろうか?」というものがあります。
 『本なら売るほど』にはデジタルではなくアナログでリアルな紙の本の魅力がふんだんに描かれています。本が好きな方が読めば、さらに本好きになること請け合いです。わたしも大いに堪能しました。