『鬼滅の刃』全23巻 吾峠呼世晴(集英社)
新しい年が訪れました。昨年は新型コロナウィルスと『鬼滅の刃』の話題で持ちきりでした。『鬼滅の刃』は「週刊少年ジャンプ」で2016年11号から2020年24号まで連載され、単行本全23巻を刊行。アニメ化・映画化され大ヒットし、社会現象になりました。
第1巻のカバー裏表紙には、「時は大正時代。炭を売る心優しき少年・炭治郎の日常は、家族を鬼に皆殺しにされたことで一変する。唯一生き残ったものの、鬼に変貌した妹・禰豆子を元に戻すため、また家族を殺した鬼を討つため、炭治郎と禰豆子は旅立つ!! 血風剣戟冒険譚、開幕!!」と書かれています。
実際に読んでみると、この物語のテーマは、わたしが研究・実践している「グリーフケア」ではないですか! 鬼というのは人を殺す存在であり、悲嘆(グリーフ)の源です。
そもそも冒頭から、主人公の竈門炭治郎が家族を鬼に惨殺されるという巨大なグリーフから物語が始まります。また、大切な人を鬼によって亡き者にされる「愛する人を亡くした人」が次から次に登場します。ごく一部の鬼殺隊に入って鬼狩りをする人々は、自ら復讐という(負の)グリーフケアを行います。
しかし、鬼狩りなどできない人々がほとんどであり、彼らに対して炭治郎は「失っても、失っても、生きていくしかない」と言います。これこそグリーフケアの言葉です。
炭治郎は、心根の優しい青年です。鬼狩りになったのも、鬼にされた妹の禰豆子を人間に戻す方法を鬼から聞き出すためであり、もともと「利他」の精神に溢れています。
その優しさゆえに、炭治郎は鬼の犠牲者たちを埋葬し続けます。無教育ゆえに字も知らず、埋葬も知らない伊之助が「生き物の死骸なんか埋めて、なにが楽しいんだ?」と質問しますが、炭治郎は「供養」という行為の大切さを説くのでした。これは教育上にも良い漫画だと思いました。さらに、炭治郎は人間だけでなく、自らが倒した鬼に対しても「成仏してください」と祈ります。まるで、「敵も味方も、死ねば等しく供養すべき」という怨親平等の思想のようです。
『鬼滅の刃』には、「日本一慈しい鬼退治」とのキャッチコピーがついており、さまざまなケアの姿も見られます。以前は人間であった過去を持つ鬼もまた、哀しい存在なのです。
わたしは、『鬼滅の刃』がここまでの大ヒット作となったのは、この物語には日本人の「こころ」に響く要素が満ちているからだと考えています。日本人の「こころ」の三本柱である神道・仏教・儒教のメッセージがすべて込められています。詳しくは、『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)という著書を上梓しましたので、ご一読下されば幸いです。