ハートフル・ブックス 『サンデー新聞』連載 第104回

『百歳までの読書術』津野海太郎著(本の雑誌社)

歩きながら本を読む「路上読書」の実践者が、70代を迎えてからの「幻想抜きの老人読書の現実」を、ざっくばらんにユーモアを交えて綴ったエッセイ集です。
著者は、1938年福岡県生まれの評論家です。早稲田大学卒業後、劇団「黒テント」で演出家として活動する一方、晶文社の編集責任者として、植草甚一やリチャード・ブローティガンなど60年代、70年代の若者文化の一翼を担う書籍を次々世に送り出しました。その後、大学教授も務めました。
本書の帯には「老人読書はけっこう過激なのだ」「蔵書の処分、図書館の使い方、速読と遅読、有名作家たちの晩年。名編集者が70歳からの本とのつきあい方を綴る、老いと笑いの読書エッセイ」と書かれています。
もちろん読書についてのエッセイも示唆に富んでいるのですが、芝居通である著者の映画俳優論が面白かったです。「老人演技がへたになった」というエッセイで、著者は「戦後の映画俳優は、じぶんよりずっと年長の人間、つまり老人を演じるのがうまかった」と述べ、実例として「東京物語」(53年)の笠智衆、「生きものの記録」(55年)の三船敏郎、「異母兄弟」(57年)の三國連太郎の演技を挙げます。彼らは実年齢よりもはるかに上の老人役を見事に演じ切りました。
笠智衆(1904年生まれ、以下同じ)、三船敏郎(20年)、三國連太郎(23年)の老人演技にみなぎる説得力の強さに比べると、それに続く、大滝秀治(25年)、仲代達矢(32年)、山崎努(36年)、緒形拳(37年)といった俳優たちの近年の老人演技は、著者には「どことなく迫力を欠く」そうです。著者は述べます。
「いや、へたというのではないですよ。好きな俳優たちだし、技術的なうまさからいえば、50年代の三船や三國よりうまいと思う。それぞれに工夫をこらして独特の老人像をつくってみせてもくれた。それなのに、むかしとちがって、かれらのつくりあげた魅力的な老人像が若い人間たちをもグイと引きよせ、金縛りにするというような事態は起こらなかった」
そして「あとがき」で、著者は以下のように述べるのでした。
「齢をとれば人間はかならずおとろえる。いや逆かな。人間一般ではなく、ひとりの生身の人間にとって、最初にやってくるのは心身の衰退であり、ややおくれて、そのおとろえこそが世にいう『老い』であったことにハッと気がつく。そういったほうがむしろ正確だろう」
本書を読み終えて、「老人とは何か」について、いろいろと考えさせられました。