『小暮写眞館』宮部みゆき著(講談社)
ハードカバーで七〇〇ページ以上もある本書を読んで、わたしは小説を読む楽しさを再確認しました。 元写真館だった古い家に最小限のリフォームをして引っ越してきた一家の物語です。主人公は、その家の長男である高校一年生の花菱英一。ニックネームは「花ちゃん」で、なぜか家族からもそう呼ばれています。
彼には、光という名前の八歳の弟がいます。ニックネームは「ピカちゃん」。兄弟の年齢は八歳も離れていますが、本当はその間に女の子がいたのです。
風子という名の、とても可愛い子でした。しかし、風子は六年前にインフルエンザ脳炎が原因で四歳で亡くなりました。当時、英一は十歳でしたので、悲しい出来事をよく記憶しています。でも、二歳だった光は、何も憶えていません。
そして、両親は一生消えぬ心の傷を背負いました。母親など、葬儀の席で夫の母から「風をこじらせて、かわいい孫を死なせてしまった」と責められ、「風子を返せ!」とまで言われたのです。
大事な家族の一員を失ったこの一家には、いつも死者の影があります。もちろん、亡くなった風子の影です。家の中には仏壇が置かれ、みんな、風子の気配を感じながら暮らしています。
引っ越してきた家には、元写真館の店主の幽霊が出るという噂までありました。そんな死者の香りがプンプンする家に住む英一の元に、不可思議な写真が次々に持ち込まれます。いずれも「心霊写真」のようでもあり、「念写」のようでもある奇怪な写真でした。
それらの写真がいかにして撮影されたか、また、なぜ撮影されたかという謎を英一は追ってゆきます。
光だけでなく、家族全員が死者のことを考えながら生きています。そう、この小説は、死者を必要とする人々の物語なのです。幽霊が出る噂のある家を紹介した不動産会社の社長は、次のように英一に語ります。
「生きている者には、ときどき、死者が必要になることがあるんだ。僕はそれって、すごく大切なことだと思うよ。こういう仕事をしているとさ、この世でいちばん怖ろしいのは、現世のことしか考えられない人間だって、つくづく思うから」
本書は、愛する娘を失った家族の魂の再生の物語です。「もう会えないなんて言わないよ。」という帯のキャッチコピーは、家族の心からの叫びでしょう。それに対し、わたしは「また会えるから」という言葉を、この家族に贈りたいと思います。