『ファミリーランド』澤村伊智著(角川ホラー文庫)
「SFマガジン」に掲載された短篇に書き下ろしを加えた第19回センス・オブ・ジェンダー賞特別賞受賞作で、ディストピアSF短編集ですが、ものすごく面白かったです。
著者は、1979年大阪府生まれ。幼少時より怪談やホラー作品に慣れ親しみ、2015年に「ぼぎわんが、来る」(受賞時のタイトルは「ぼぎわん」)で第22回ホラー小説大賞(大賞)を受賞しデビュー。新たなホラーブームの旗手として期待されています。
本書には6つの短編小説が収められています。最先端の情報テクノロジーを駆使しての嫁いびりを描いた「コンピューターお義母さん」、遺伝子に手を加えて理想の子どもたちを生み出す「翼の折れた金魚」、結婚すると夫婦間の情報が相互に送られる生活を描いた「マリッジ・サバイバー」、近未来の毒親をリアルに描いた「サヨナキが飛んだ日」、オムツをする必要も徘徊を案じる必要もない未来の介護が紹介される「今夜宇宙船の見える丘に」の5篇は、じつに嫌な話ばかりで、読んでいて気が滅入ってきました。
しかし、最後の「愛を語るより左記のとおり執り行おう」だけはディストピア小説ではありません。それどころか、「コンピューターに支配された未来は嫌な世界かもしれないけど、修正できるかもしれない」という希望さえ与えてくれます。葬式をはじめ、あらゆることがバーチャル化した社会で、昔ながらの本物の葬式を執り行おうとする人々の四苦八苦ぶりが描かれています。
舞台は沖縄です。2108年2月11日、沖縄の老人ホームに入居していた41歳の主人公の母親が81歳で亡くなり、物語は始まります。担当医師が管理する患者のデータと、生命維持装置の情報、そして死亡診断書の発行通知をもとに、傷病者監視アプリケーション「おみまい」が予め登録されていた親族および知人にメッセージを一斉送信します。
その後、葬儀が行われますが、リアルではありません。バーチャルです。弔問客が棺の前に正座すると、眼前に数珠が現れます。著者は、「数珠の輪の中に指を1秒ほど通すと、今度は漆塗りの香炉がふわり、と虚空から飛び出す。視線で選択すれば、香炉の上部でバラバラと抹香が舞う。そのタイミングで弔問客は合掌しお辞儀をする。焼香だ。シェアスペース葬儀が普及する以前から変わらず続いている、伝統的な作法」と書いています。
作中では伝統的な日本の葬儀が150年ぶりに復活します。そのときに人々がどう感じたのかは、ぜひ本書をお読み下さい。何事も初期設定とアップデートの両方が必要であるというのがわたしの考えですが、それが物語の形で見事に表現されていて驚きました。