『スタート!』中山七里著(光文社文庫)
本書は、読書家として知られるゼンリンプリンテックスの大迫益男会長から教えていただいた本です。これまでの例に漏れず非常に面白く、一気読みしました。
著者は、1961年生まれ、岐阜県出身。『さよならドビュッシー』にて第8回「このミステリーがすごい!」大賞で大賞を受賞し、2010年に作家デビュー。作品が映画化されたものに、『さよならドビュッシー』、『ドクター・デスの遺産‐BLACK FILE‐』、『護られなかった者たちへ』があります。
本書は、伝説的映画監督の大森が撮る新作「災厄の季節」の映画製作にまつわるミステリーです。若き助監督・宮藤映一も現場に臨みますが、軽薄なプロデューサーや批判を繰り返す外部団体など周囲には難敵ばかりです。軋轢に抗いながらの映画作りが進む中、スタジオで予期せぬ事故が発生。暗雲立ち込める状況で、スタッフとキャストは完成をめざして奮闘するのでした。
本書には、いま話題になっている芸能界の「枕営業」とか、映画製作者による「キャスティングを餌にした女優への性加害」などのテーマも込められており、興味深く読みました。2012年に出版されたというから驚きです。
『スタート!』を読むと、ストーリー以外の部分でも映画についての蘊蓄が多く、勉強になります。たとえば、脚本について、「脚本は建物に喩えれば設計図だ。施工にどれだけアクセントをつけても出来上がる完成品は設計図から外観が変更することはなく、同様にどれだけ演出に心を砕いても脚本の世界観から大きく逸脱することもない、映画の出来は脚本七割といわれる所以だ」と書かれています。一方、キャスティングは映画の出来の二割を決めるそうです。なるほど。
監督の助監督の違いについても、「監督の仕事とは詰まるところ決定の連続だ。キャスティングに始まり、脚本、ロケ地、演技、カット、編集――その諸々について決定を下して1本の作品を完成させていく。だからこそ、その1つ1つの決定に責任がついて回る。一方その補佐役である助監督も激務ではあるが、責任がない。何がしかの失敗があったとしても監督の段階で是正されることがほとんどだからだ」と書かれています。
血なまぐさい殺人事件も起こりますが、この小説のラストシーンは、映画への愛情と信頼に満ちた感動的なものでした。これまで、本当にチョイ役ながら2本の映画に出演し、現在は製作準備中のグリーフケア映画の原案者として映画作りに関わっているわたしですが、本作を読んで、より一層、映画が好きになりました。何よりも本書の「映画愛」が強く訴えられているところに感銘を受けました。