ハートフル・ブックス 『サンデー新聞』連載 第192回

『独断と偏見』二宮和也著(集英社新書)

 著者は言うまでもなく国民的アイドルグループ「嵐」のメンバーであり、俳優としても大活躍しています。俳優やアーティストとしての表現のみならず、著者が発信する独創的な言葉の力には定評があるそうです。
 本書は、彼の考え方というものを言語化すべく、10の四字熟語をテーマに計100の問いを投げかけています。ビジネス論から人づきあいの流儀、会話術から死生観にいたるまで、「独断と偏見」にもとづいて縦横無尽に語りおろした一冊です。エンターテイナーとしての著者の思考が明かされると同時に、実生活に役立つ働きかたの極意や現代を生きぬく知恵が凝縮されています。
 印象に残ったのは、「数年後に『勤続』30年を迎える。『定年』という概念は? 65歳までの雇用確保が義務化され、70歳までの引き上げも視野に。超高齢化社会における“引き際”とは?」という問いへの答えでした。
 この問いに対して、著者はこう答えます。
 「ひとつ大きなテーマとして思っているのは、『これが遺作です』と言って終わりたい、ってこと。諸先輩方を見ていると、『結局、これが最後の作品になりました』っていうのが寂しいというか。まだずっと観ていたかったな、惜しい人を亡くしたなっていう感情ばっかりになっちゃうから。それがやっぱり寂しくて。僕は、『自分は役者人生、これで死にますので。これが遺作となります』っていうのを自分で決めて、ちゃんと用意できる人間になりたい。」
 これを読んで、わが魂の義兄弟である宗教哲学者の鎌田東二先生のことを想いました。今年の5月30日に亡くなられた鎌田先生は、『日本人の死生観Ⅰ 霊性の思想史』、『日本人の死生観Ⅱ 霊性の個人史』という2冊の本を遺作とされましたが、人生で最期の著書が死生観の本だなんて、最高にカッコいい!
 「編集者によるあとがき」では、集英社の女性編集者が言葉を寄せています。彼女は、2009年に雑誌『MORE』で開始し、2019年に終了するまで人気を博した連載「二宮和也のIt[一途]」の担当編集者だったそうです。10年間の連載を終えて別れるとき、著書の二宮和也は「生きていれば必ずまた逢える」と言ったといいます。その後、ジャニーズ問題が炎上し、著者が人生を左右する大きな決断を経て、新たな一歩を踏みだしたと知り、新書編集部に異動していたその編集者は個人事務所宛に「生きているうちに、二宮さんの言葉を一冊にまとめたいのです」という1通のメールを送りました。
 理由は、彼女にステージⅣのがんが見つかり、急ぐ必要があったからでした。この事実を「あとがき」で知ったわたしは、本書に「死」に関する質問が多いことに納得しました。