一条真也の人生の四季 『サンデー毎日』連載 60

大人の塗り絵ブームに思う

先週紹介した赤坂見附の「カラオケスナックDAN」を早い時間に訪れたら、暗い店内のカウンター席でマスターが何かゴソゴソやっていた。よく見ると、それは塗り絵だった。

 DANのアルバイトの女性、知り合いの新聞記者や編集者なども塗り絵が趣味というので、たいそう驚いた。大人の塗り絵がブームなのか!
 この塗り絵の題材は、仏教の仏様や曼荼羅図、世界遺産となっている歴史的建造物、ゴッホの絵画やディズニーのキャラクターからスター・ウォーズまで実にバラエティー豊か。
 塗り絵といえば子どもの遊びという認識しかなかったが、細密で繊細な図柄が多く、「大人向け」であることが一目瞭然。女性だけでなく男性ファンも少なからずいるようだ。
 しかし、なぜ塗り絵なのだろうか。「ストレス解消」「精神の安定」「集中力アップ」「脳の活性化」「創造力の発揚」など理由はさまざま挙げられているが、どうもピンとこない。
 心理療法の一種にアートセラピーなるものがあるが、塗り絵も自己を内観し、人からの評価ではなく自己表現や完成させる達成感が心理療法として有効性があるのだという。自律神経は色彩に影響されるそうで、自律神経を整えることを目的とした塗り絵もあるそうだ。
 十人十色であり、塗り絵を始める動機もいろいろだろうが、「手軽」に1人で始められることがブームになっている背景だろう。
 芸術や音楽を鑑賞するにしても「本物」を味わう環境が日本には十二分にある。精神修養ならば写経や坐禅もある。SNSなどの希薄で緩い人間関係が拡大することが精神的なストレスとなり、塗り絵に癒やしを求めるのではという専門家もいるようだが、その解決さえも安易な方法では真の解決になりえないのでは?
 わたしならば、自己を見つめ豊かな人間性を涵養するには読書が最適と考える。いずれにしても、人生を豊かに生き、そして美しく修めていける趣味を持ちたい。