一条真也の人生の四季 『サンデー毎日』連載 119

手元供養を知っていますか

前回、簡易仏壇について書いた。
今回は、さらにコンパクトな供養の「かたち」について話してみたい。「手元供養」という言葉を最初に耳にしたのは、もう10年以上前である。今では広く認知されている。具体的には自らの手元に家族のご遺骨やご遺髪をおいて供養するというもの。
方法としては、ご遺骨・ご遺灰やご遺髪をミニ骨壷などの専用の容器を使い自宅に安置し供養するもの、ペンダントやブレスレットの中にご遺骨・ご遺灰やご遺髪を納めて日常的に身につけるといったものがある。
現在では、さまざまな色や形のミニ骨壷が販売されており、亡くなった方をイメージして偲べるようなものを選ぶことが多くなっている。
また、ペンダントやブレスレットも多様な材質や形をしたものが販売されており、その他にもご遺骨をダイヤモンドに加工し、同じくペンダントや指輪にするサービスも人気だ。
手元供養を行う人には2種類いるような気がする。ひとつは、どこかのお墓もしくは納骨堂で納骨を行い、そのうちのご遺骨の一部を手元供養として行うもの。もうひとつは今まであったお墓を片付け(墓じまい)、納骨していたご遺骨を合祀・散骨(樹木葬など)を行い、一部を手元供養用として残すものだ。
前者と後者の違いは何か。前者は亡くなった方を身近で供養したいという理由が多いのに比べ、後者はお墓の維持が出来なくなった、後継者がいなくなったなどの理由がある。
拙著『儀式論』(弘文堂)でも詳しく述べたが、そもそも人間とは「儀式的動物」であると考える。当然ながら供養も儀式である。その「かたち」はともかく、自分が納得のいく「愛する人への供養」の選択肢が増えていくことの意義は大きい。
世間体だけで行われる儀礼では悲しみは癒せない。「あるべき」ではなく「ありたい」という個の覚悟が手元供養を生み出したように思える。簡易仏壇も、手元供養も、現代人の「こころ」の「かたち」なのだろう。