一条真也の人生の四季 『サンデー毎日』連載 46

名画座の喜寿祝い

 「北九州の台所」と呼ばれる小倉の旦過市場の横に映画館がある。

 創業77周年の名画座「小倉昭和館」である。「風と共に去りぬ」もリアルタイムで上映したという名門だ。
 かの松本清張が愛したことで知られ、イラストレーター・俳優のリリー・フランキー氏や芥川賞作家の田中慎弥氏なども通いつめたという。
 かくいうわたしも、この名画座には高校時代から大変お世話になってきた。2館並んでいて、それぞれ2本立て。現在は、洋画・邦画、そしてヨーロッパ・アジアのミニシアター系作品が上映されている。
 この映画館には舞台がある。昭和の初期、片岡千恵蔵、阪東妻三郎、長谷川一夫らの芝居が行われていたのだ。時は流れて映画が主流になったが情緒はそのまま、設備は近代化されて「小倉昭和館ここにあり」といった存在感を漂わせている。
 作家の原田マハ氏の名作『キネマの神様』(文春文庫)には、「イタリアの感動名画 豪華2本立て」として「ニュー・シネマ・パラダイス」と「ライフ・イズ・ビューティフル」を併映するような名画座が登場するが、小倉昭和館もまさにそんな感じ。
 館主の樋口智巳氏は三代目である。物心ついたときから映画をたくさん観て、幼稚園のときには日活の青春映画のセリフを憶えていたという。
 また、映画館のレジで数字を憶え、いくら怒られても何度も映写室に入ったそうだ。まるで「ニュー・シネマ・パラダイス」を地で行くような人生だが、樋口氏は「親・子・孫・ひ孫の四世代に愛される映画館を目指したいと願っています」と述べる。
 昨年の夏、わたしは小倉昭和館で生まれて初めてのシネマトークを行った。「映画で学ぶ人生の修め方」というテーマで、イギリス・イタリア映画「おみおくりの作法」とメキシコ映画「マルタのことづけ」を観ながら、大いに語らせていただいた。
 先日、小倉昭和館の「喜寿を祝う会」が盛大に開催された。これからも多くの名画を上映してほしい。