「礼人」を目指して
冠婚葬祭業に従事する人々のことを、わたしは敬意をこめて「礼人」と呼んでいる。
茶道における「茶人」と同じ意味合いだ。民藝運動の提唱者として知られる柳宗悦は、民衆的工芸としての「民藝」に従事する無名の職人を「工人」と呼んだ。優れた工人は自然体であり、個人の表現を超えた「自然の力」によって作られた品に美が宿るという。
柳は、職人の技巧や個性(自力)ではなく、積み重ねられた習慣や伝統から生まれる「無心」の境地こそが、民藝の美を支えると主張した。また、工人が作る作品が「健全(頑丈で機能的、かつ美しい)」であることを重視した。
工人も礼人も、日本文化を守り続ける「文化の防人」という点で同じであろう。
現在の日本社会が「無縁社会」などと呼ばれて久しい。わたしは、「縁」という目に見えないものを実体化して見えるようにするものこそ冠婚葬祭だと思う。結婚式や葬儀、七五三や成人式や法事・法要のときほど、縁というものが強く意識されることはない。
冠婚葬祭が行われるとき、「縁」という抽象的概念が実体化され、可視化されるのではないだろうか。そもそも、哲学者ヴィトゲンシュタインが言ったように、人間とは「儀礼的動物」であると言えよう。
結婚式にしろ、葬儀にしろ、各国のセレモニーには、その国の長年培われた宗教的伝統や民族的慣習などが反映している。儀式の根底には「民族的よりどころ」というべきものがあるのだ。それが各民族の文化を支えている。儀式なくして文化はありえない。
「文化の核」である冠婚葬祭を継承し続けている冠婚葬祭業者、つまり「礼人」は、日本人の「こころ」を守る「かたち」を守っているのである。
互助会の社員のみなさんとは「礼人」であり、「文化の防人」なのである。