独言 全互協会員様へのメッセージ『互助会通信』連載 129

水と葬式は必要!

 元日に発生した能登半島地震では水道の復旧が遅れ、水の大切さが再確認された。

 人が生きていく上で一番大切なものは「水」だ。そして、水の次に大切なものは「葬儀」ではないだろうか。
 かの孔子の母親は雨乞いと葬儀を司るシャーマンだったという。雨乞いとは天の「雲」を地に下ろすことで、葬儀とは地の「霊」を天に上げること。その上下のベクトルが違うだけで、天と地に路をつくる点では同じだ。そして、水を運ぶものは水桶であり、遺体を運ぶものは棺桶である。この人間にとって最も大切なものを描いた映画がある。新藤兼人監督の名作「裸の島」(1960年)である。
 瀬戸内海に浮かぶ小さな孤島に住む家族の物語だ。島の住人は夫婦と二人の息子たちのみ。島には水源がないので、畑を耕すためにも、毎日船で大きな島へ水を汲みに行かなければならない。子どもたちは隣島の学校に通っているので、彼らを船で送り迎えするのも夫婦の仕事である。
 変化のない日常が続いていたが、ある日、長男が高熱を出し、島には病院がないので亡くなってしまう。夫婦は亡き息子の亡骸を棺に納めて墓地まで運ぶのであった。
「裸の島」の夫婦が一緒に運んだものは水と息子の亡骸を納めた棺だった。二人は、共に水桶と棺桶を運んだのだ。その2つの「桶」こそ、人間にとって最も必要なものを容れる器だった。水がなければ、人は生きられない。そして、葬儀がなければ、人は旅立てないのではないか。
 悲嘆にくれる母は、息子を失った後、大切な水を畑にぶちまけて号泣する。葬儀をあげなかったら、母親の精神は更に危険な状態になったはずだ。喉が渇けば、人は水を必要とし、愛する人を亡くして心が渇けば、人は葬儀を必要とするのである。