独言 全互協会員様へのメッセージ『互助会通信』連載 111

『鬼滅の刃』に学ぶ

 年が明けても、世間は新型コロナウィルスと『鬼滅の刃』の話題で持ちきりである。
『鬼滅の刃』とは、吾峠呼世晴氏による漫画だが、アニメ化・映画化され大ヒットし、もはや社会現象にまでなった 。
この物語のテーマは、ずばり、「グリーフケア」である。鬼というのは人を殺す存在であり、悲嘆(グリーフ)の源と言える。そもそも冒頭から、主人公の竈門炭治郎が家族を鬼に惨殺されるという巨大なグリーフから物語が始まる。
 また、大切な人を鬼によって亡き者にされる「愛する人を亡くした人」が次から次に登場する。それに対して、鬼殺隊に入って鬼狩りをする一部の人々は、復讐という(負の)グリーフケアを自ら行う。しかし、鬼狩りなどできない人々がほとんどであり、彼らに対して炭治郎は「失っても、失っても、生きていくしかない」と論すのだった。強引のようではあっても、これこそグリーフケアの言葉であろう。
 炭治郎は、心根の優しい青年だ。鬼狩りになったのも、鬼にされた妹の禰豆子を人間に戻す方法を鬼から聞き出すためであり、もともと「利他」の精神に溢れている。
 その優しさゆえに、炭治郎は鬼の犠牲者たちを埋葬し続ける。無教育ゆえに字も知らず、埋葬も知らない仲間の伊之助が「生き物の死骸なんか埋めて、なにが楽しいんだ?」と質問するが、炭治郎は「供養」という行為の大切さを説くのであった。さらに、炭治郎は人間だけでなく、自らが倒した鬼に対しても祈る。まさしく「怨親平等」である。
「日本一慈しい鬼退治」とのキャッチコピーがつけられた、この物語はグリーフケアや儀式の重要性を知る上で最高のテキストになる。すなわち、礼の書であろう。詳しくは、わたしの最新刊『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)をご一読いただきたい。