「鬼滅の刃」と日本人」
「鬼滅の刃」の勢いが止まらない。2025年7月18日、「鬼滅の刃」シリーズの最新映画である「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」が公開された。同作は世界総興行収入が1000億円に達し、日本映画の歴代興行収入1位を記録した。
5年前2020年に公開された前作「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」も興行収入国内歴代1位に輝いたが、今回はそれを超えたわけである。
5年前、原作コミックも、アニメも、映画も、そして関連グッズも、すべてが大ヒットするブームは「『鬼滅の刃』現象」などと呼ばれた。今回のブームはその再来といえる。
わたしは、前回と同じく今回のブームも単なる経済的な効果を論じるだけではない、大きな転換点を感じている。
令和2年、コロナ禍で祭礼や参詣が失われ、人々の「こころ」は不安に揺れ動いた。そして令和7年は、政治不信や米不足、外国人増加による文化的動揺、さらには熊による人的被害の増加などが深刻化している。山奥にいた熊が里に下りて人間を喰うというのは、熊が「鬼」と化したということにほかならない。
2つの不安な時代に、同作の劇場版が空前のヒットを遂げた事実はきわめて象徴的だ。同作は人々の不安を和らげ、秩序を回復する象徴として機能し、いわば大衆的な祭礼として受容されたのである。
人間の不安な「こころ」を安定させる文化装置として、「かたち」としての儀式が挙げられる。人生の節目に起こる「不安」のたびに冠婚葬祭があるのも、そのためである。そして、「鬼滅の刃」という物語は日本人にとって儀式と同じ機能を持っていることを発見した。そんなことを書いた『「鬼滅の刃」と日本人』という本を産経新聞出版から上梓した。日本再生のためにも、ぜひご一読を乞う。