独言 全互協会員様へのメッセージ『互助会通信』連載 142

「修斗」から「修生」へ

 憧れの方と対談させていただいた。プロレス界のレジェンドである初代タイガーマスクの佐山聡氏その人だ。
 昨年6月には前田日明氏と対談したが、日本の総合格闘技(MMA)の礎を築いた両雄と大いに語りあえて、プロレスと格闘技をこよなく愛するわたしは感無量であった。
 佐山氏は、シューティング(のちの修斗)の創始者である。打投極、つまり打撃技・投げ技・関節技といった格闘のすべてを修める「修斗」は、総合格闘技の元祖とされる。
 今回の佐山氏との対談で、わたしが特に訴えたのは「修生」であった。じつは終活雑誌での対談だったが、わたしは「終活」という言葉に違和感を抱き続けてきた。
 もともと「終活」という言葉は就職活動を意味する「就活」をもじったもので、「終末活動」の略語だとされている。
 しかし、死は終わりなどではなく、「命には続きがある」と信じるわたしは「終末」の代わりに「修生」、「終活」の代わりに「修活」という言葉を提案し続けている。
 「修生」は文字通り、「人生を修める」という意味である。老い支度、死に支度をして自らの人生を修める。この覚悟が人生をアートのように美しくするのではないだろうか。
 冠婚葬祭互助会の会員の多くは高齢者の方々である。ならば、互助会とは巨大な「修活クラブ」だと言えないか。多くの互助会会員が穏やかな「死ぬ覚悟」を持ち、人生を修められるお手伝いをしたいものだ。そのような話をさせていただいたところ、佐山氏は「素晴らしいですね」と笑顔で言ってくれた。
 そのとき、わたしの「修生」という考えは、佐山氏の「修斗」からインスピレーションを得て生まれたのかもしれないことに気づいた。わたしは、気づきとともに深い感動をおぼえたのである。